癖のある幼なじみ

 背中まであった黒髪をバッサリと、ショートヘアに変わっているくらいで、ミコトはあいかわらずだった。とはいっても、最後に彼女に会ってからひと月ほどしかたっていない。

 目のやり場に困る真紅のタンクトップに、黒いホットパンツ。あいかわらず、露出度が高い。腕や鎖骨、背中にタトゥーなんか入れているから、目立つなんてものじゃない。待ち合わせに、ジャズかなにかわからないけど、ムード音楽が店内に流れる喫茶店を選んだのは、場違いな気がした。とはいえ、昼間から彼女に合わせた場所なんてそうはないだろう。彼女も、よくここに来るって会ったし……って、なに心のなかで言い訳してるんだろ。

 いくら時間に余裕があるとはいえ、なぜ彼女に小学生の女の子の面倒を見てもらおうなんて考えたのか。俺は、早くも後悔し始めてる。

 俺の口に出せない後悔なんて、ミコトに伝わるわけがない。テーブルにやってきた彼女は、すぐにサヤちゃんに気がついて、目を丸くする。


「よぉ……って、お前、まさかこの子誘拐したのか?」


「んなわけあるか!」


 思わず声を張り上げてしまった。

 平日の午前だけど、さっきサヤちゃんが気にしていた家族連れの他にも、お客さんはいる。もちろん、店員だっている。注目なんか集めたくなかった。誰に向かって愛想笑いを浮かべたのか、自分でもわからない。


「とにかく、座れよ」


「おぅ……まさか、隠し子とか?」


 おとなしく俺の隣りに座ったかと思ったら、誘拐と同じくらいありえないこと平気で言いやがる。

 よくも悪くも、ミコトは規格外の女だ。

 居住まいを正してお行儀よく座っているサヤちゃんは、ミコトに対して戸惑っているに違いない。そうに決まってる。

 拳を握りしめて、深呼吸を一つ。


「親戚の子だから。てか、まずは、俺の話、ちゃんと聞いてくれ。頼むからさ」


「了解。……あ、アメリカンね」


 軽い口調で頷いた彼女は、ちょうどやってきた店員の女性が声をかける前に、注文する。本当に、自分のペースを崩さないやつだ。

 腹が立っても、頭を抱えても、どこか憎めない。それが、ミコトだ。昼間にサヤちゃんを見守ってくれる人に、そんな彼女しか心あたりがないのは、俺の人脈のなさが原因だ。

 気を取り直して、サヤちゃんとミコト、それぞれ紹介しなくては。


「この子は、俺の母方の従兄の娘さんで、宇野小夜サヤちゃん。サヤちゃん、この目立つ女の人は、俺の幼なじみの原美琴ミコト


「ミコトって呼んでくれよな。シシッ」


 独特な笑い声と見た目と雰囲気から、初対面の人は蛇を連想させられる。それも、ミコトだ。


「そうそう、ミコトは蛇が嫌いなんだ」


「へぇ……」


 タンクトップからのぞく左の鎖骨をなぞるような蛇のタトゥーを、サヤちゃんが奇妙な目つきで見ている。ミコトも、サヤちゃん視線に気がついて、身を乗り出すようにして笑いかける。


「怖いんじゃない。嫌いなんだよ。生理的に受け付けないってやつ。シシッ、で、このタトゥーは、まぁちょっと深く考えさせられることがあって、なんとなくな」


「なんとなくだったのかよ」


 ミコトらしいといえば、ミコトらしい理由に呆れてしまう。が、呆れている場合じゃない。


「サヤちゃんは、家庭の事情で俺の家でしばらく預かることになったんだけど、昼間は一人にしておくのは何かあったらいけないから……」


「子守りね。いいよ、やる」


「えっ」


 くい気味であっさり引き受けたミコトに、サヤちゃんは目を丸くする。俺はそういう奴だと知っているから驚かないけど、いきなり初対面の女の子の面倒を見てほしいとお願いされて、はいわかりましたと言うやつは、ミコトくらいだだろう。


「サヤちゃん、でいいかな?」


「……いいよ」


「よろしく」


 にっこり笑ったミコトは、サヤちゃんに手を差し伸べる。


「よろしく、お願いします」


 戸惑いながらも、ミコトの人を惹きつける魅力に抵抗でなかったようだ。ぎこちなくはあったけど、しっかりと握手をかわす。

 それから、俺が追加で注文したブレンドコーヒーと、ミコトのアメリカンコーヒーが同じトレイにのせられてやってきた。いつものようにミコトは、砂糖を多めに入れる。


「しっかし、本当に誘拐じゃなかったら、ツカサの隠し子とか本気で……」


「ありえないからな」


「だよな、インポのお前が……」


「インポって言うな!」


 思わず声を荒げて、後悔した。店内の空気が、真冬かと思うくらい凍てついた。複数の視線が、突き刺さってくる。


「シシッ、ごめん。いや、ホントにそのくらい驚いたんだって」


「たのむから、場所選べよな」


 ミコトはあっけらかんとしている。場所もだが、サヤちゃんを前にしてこれ以上この話題を続けるわけにはいかない。本当は、いろいろと言いたいことはあるが、今はぐっとこらえるしかない。

 そうやって、怒りをこらえて気を取り直そうとしたところに、サヤちゃんの無邪気な追い打ちがきた。


「インポって、なに?」


 泣きたい。もういやだ。この現実から逃げ出したい。てか、なんで俺、ミコトなんかを呼んだんだ。たしかに、時間がありあまってる暇人というか、遊び人はこいつしかない。性格に難があることもわかった上で、呼び出したはずだ。それでも相手は小学生だしって、考えた俺が悪いのか。もういやだ。撤回だ、撤回。


「なぁ、ミコト……」


 帰ってくれと続ける前に、ミコトがサヤちゃんの疑問に答えてしまった。


「サヤちゃん、インポってのは、女にモテない男の病気のことだよ」


「ふぅん、そうなんだ。おじさん、病気のせいでモテないんだ」


「そうだよ! モテないよ、悪いか、こんちきしょう」


 悔しいことに、ミコトの説明は間違っていない。肝心なときに役に立たないナニのせいで、ぼっちだ。

 テーブルに突っ伏して泣くしかない。万に一つの可能性かもしれないけど、顔を上げたら全部悪い夢だったってことになるかもしれない。もちろん、万に一つの可能性はイコールで可能性ゼロということだ。


「おじさん、泣いてる?」


「泣いてるよ、サヤちゃん。つか、ミコト、帰れ」


 俺が悪かった。俺が間違えた。


「ごめん。呼び出して、サヤちゃんを見守って欲しいってお願いしておいて、それはないだろ。悪かったとは思うけど、もうすんだことじゃん」


「うんうん。ミコトも謝ってるし、もう泣かないで」


 サヤちゃんによしよしと頭を撫でられても、余計に情けなくなるだけだ。


「サヤちゃんは、どう思う? あたしと一緒にいるのは嫌かな?」


「うーん」


 ちらりと顔を上げると、サヤちゃんはいたずらっぽく笑っていた。


「嫌じゃないよ。おじさんと二人より楽しいし、おじさんも楽しそう」


「サヤちゃん、なんで、俺まで楽しそうってなるの?」


 朝から、ドッと疲れた。もうどうにでもなれだ。


「え、楽しくないの?」


「ハハハ、サヤちゃんのために呼んだんだしね。サヤちゃんがいいなら、それでいいよ」


 嬉しそうに笑うサヤちゃんに、これでよかったんだと言い聞かせた。違うな、これでよかったと言えるようにしないとだな。


 女の子は壊れやすいんだから。


 ――カンカンカンカン


 軽く息をついて、開きかけた過去の蓋を押さえつける。


「シシッ。じゃあ、今日から家族ごっこの始まりだな」


「家族ごっこ、かぁ。おじさんがパパ役で、ミコトがママ役。で、わたしが娘役だね。楽しそう!」


 でも、ママ役のミコトが悪い影響を与えないように、気をつけないと。

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