LINE40.1:Memories 3

 今日はとてもいい天気だ。少し寒いけれど空気が澄んでいて、心配事なんてどうでも良くなりそうな青空が広がっている。

 街頭の大型ディスプレイはドラマやアニメの宣伝や新型スマートフォンのCM、そしてニュースなどを流している。

 特に不穏な事件があったということもなく、例年と比べた今年の気候や、大企業の社長が新事業について所信表明をしていたり。動物の映像なども流れていて平和っていいなぁ、と過去にあった戦争などの歴史もロクに知らないくせに私はボーっと考える。


 ここから目的地までは5km程離れているが私は歩いている。

 もちろん脚も疲れるしお腹もすく、でもそれによって自分が生きていることを感じられるような気がして、一歩一歩足を踏み出している。


 2kmほど東に歩くと大きな川にぶつかり、それを越えるため橋を渡る。

 車道には高級スポーツカー、家庭用のワンボックス、ゴミ収集車など様々な車が走り、下には水上バスが川面を走っている。


 私は橋を渡りきって川を越える。昔からあるであろう謎の和食屋や定食屋、ファストフード店に喫茶店。コンビニやスーパー、ガソリンスタンド、交差点、歩道橋、学校。信号待ちをする地元の人や学生、外国人観光客。

 そんな風景を横目に私はさらに歩を進める。繁華街の駅前に到達すると私は左側の喫茶店に視線を移す。このお店には来たことがある気がする。ここは抹茶パフェが美味しくて、みんなとお話をしたな。


 街をゆく運転手や店員、お客さんの顔は見えない。だがそれらすべての人に人生があり、誰もが自分の目的の為に動いている。

 車やドライブそのものが好きで走っている人、仕事で車や船を運転する人。料理が好きでお店を経営している人、アルバイトで働いている人。観光が好きな人、義務教育を受けている人、コーヒーが好きな人、暇つぶしをしている人、家に帰る人。


 きっと私も同じくその中のひとりなのだ。


 そんな風に考えながらまた橋を渡り、さっきのに比べるとだいぶ小さな川を越え少しずつ目的地が近づいてくる。目的の駅に着くと少し早かったかな、と私は考える。


 バスターミナルを超えて商店街の入り口近辺にある横断歩道の信号が青に変わると、地元の人々が一斉に横断歩道を渡りだす。

 横にいた人たちは向こう側へ、対岸の人たちはこっち方面に歩いてくる。横断歩道の信号機は鳥の鳴き声のような音声を流し続けている。


 なんだか頭がボーっとする。私はこの後、どっちに歩けばいいんだっけ。どうしてここが目的地だったのか、何故少し早いと思ったのか、この後どうすればいいのか、何も分からないことに気がついた。


 私は何らかの目的を果たすための命令のようなものを受けてここまで誘導されていた気もする。

 誰かに操られる人生なんてまっぴら御免なのだが、それが解除された今どこに行って何をすべきという指針が全くない事に強い恐怖を感じて私は立ち尽くす。ただただどうして良いのかわからず、この街中で震えることしか出来なかった。誰に頼っていいのか、どうして困っているのか、それすらも分からない。


 ……さっき通りがかった喫茶店には行ったことがあるはずだ。それを手掛かりに何か思い出せないかと考えるが、その時誰と話をした?そもそも私の名前は?

 思考を巡らせれば巡らせるほど、はっきりしてくるのは何も思い出すことが出来ないという現状だけだった。


 ピヨピヨという音声が止み信号が赤に変わると人々はまた立ち止まり、車道には車が流れ始める。私はそれをただ呆然と見つめることしか出来なかった。

 何度かその繰り返しを眺めているうちにあたりはだいぶ暗くなっていたが、まだ人足が途絶えることはない。再び信号は青になり、相変わらず人々はゆっくりと横断歩道を渡っている。


 誰もが私の事など気にも留めない中、こちらに向かって歩いてくる制服姿の男子高校生が視界に映る。彼は明らかに私の方へ近付いて来ているが、私のことを知っているのだろうか?


 顔を認識出来る距離に到達すると彼は立ち止まり、視線を少し落として私の顔を見た。

 不安で泣きそうな私は「あの……」と話しかけようとするが、彼は私の言葉を遮る。なんか空気の読めない奴だな。

 ……でも何か、懐かしい感じがする。私はこの人を知っているかもしれない。私は今日、この人に会うという目的のために何者かに誘導されていたのだと確信する。


 誰が私を操り、ここに連れてきたのかは分からない。でも不思議と嫌な気分ではない、というより彼と会うことは私にとって必要なこと、何よりも大切なことだったような気がした。


「おかえり、遥」と優しく微笑みながら修くんが言う。

 私は初めて会うはずの彼に「ただいま、修くん」と返答した。

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