第5話痛くないの?

それから青葉は銀河になつくようになった。季節は春から夏に移り変わる頃。出会ってから数ヶ月後のことだった。


銀河はどうして青葉の態度が変わったのか分からない。何か特別なことがあったとも思えない。それでも嬉しかった。


青葉はたまに笑顔を見せるようにもなった。しかし絵を描いている時に話しかけられると、嫌そうな顔をする。


以前、声を掛けたら顔をしかめられたのを、銀河は思い出した。


そういえば、あの時も絵を描いていた。邪魔されるのが嫌だったのかと思い当たる。


分かりづらい子だけど、少しずつ分かってきた。これから仲良くなっていけるだろう。


ある日、青葉はいつものように中庭に来た。夏が近付くにつれ、庭の様子も変わってきている。


雑草は頻繁に引き抜かれているが、それでもどんどん繁って庭を埋めていく。木の葉は薄い黄緑から堂々とした濃い緑になる。


辺りを満たす植物の命の気配を、青葉は嫌いではない。


花壇もやはり好きだった。銀河に言われて以来中に入ってはいないが、レンガの前に座っていつまでも眺めている。


季節が過ぎ、花が萎れてしまっても、それは変わらない。ほとんど毎日そこに来ている青葉にとって、花は顔馴染みのようなものだった。


その日、中庭には先客がいた。花壇の中に入っている。青葉は不思議に思いながら近付いた。


それは花壇の世話をしている男だった。花を抜いている。


「なんで抜いちゃうの?」


青葉はレンガの外に立って尋ねる。


「枯れたからだよ」


男は答えながら、また1本引き抜いて花壇の端に放った。そこには花が根を晒して積み上がっている。


「枯れてないよ」


青葉が言う。枯れていない。


花がなくなっただけだ。まだ葉が青々としている。生きている。


「枯れてるよ。花がほとんど落ちちゃった」


男は手を止めずに答えた。


子供の相手をするのは面倒臭い。銀河が来てくれればいいのにと思う。


しかし銀河は仕事で外に行っていた。


「痛くないの?」


「痛くないよ」


「大事じゃないの?」


男は返事をしなかった。


男は抜いた花を袋に詰めると、両手に下げて歩き出した。青葉はその後をついて行く。


男は裏庭にあるゴミ捨て場に袋を放り、立ち去った。


銀河が青葉を見つけたのは夕方になってからだった。


姿の見えない青葉を探して歩き回り、花壇の世話をしている男から、裏庭までついてきた旨を聞いた。


裏庭なんて何もないのに、いつまでもいるだろうか。


そう思ったが青葉はいた。地面に座り込んでゴミの山を見ている。


子供は何が気に入るか分からないな。


そう思いながら青葉の隣にしゃがみこんだ。


「どうしたの? 何を見ているの?」


青葉は小さな声で抜かれちゃったと答える。


銀河はゴミ山を見て納得する。そういえば、花壇の花は散っていた。じきに夏の花が植えられるだろうが、それまでは寂しい景色となる。


「うーん、もう枯れちゃってたからねえ。でも、またすぐ新しいのが植えられるから、大丈夫だよ」


青葉は黙って前を見ていた。やがて静かな声で尋ねる。


「銀河は……、痛くないの?」


「それは、何もないのは痛いけど、またすぐ新しいのが植えられるから、大丈夫だよ」


慰めるように言ったけれど、青葉は返事をしなかった。口をきゅっと引き結んだまま、じっと前を見ている。


銀河が暗くなるから帰ろうと声を掛けても、なかなか立ち上がろうとはしなかった。

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籠の鳥  新月 @shinngetu

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