9.天姫からの解放

- まえがき -

ほとりとクォーツが水中に逃げ、テクリートは見物していた神官たちを襲った。


天姫である必要がなかった。


ほとりは、子供の蝶人たちを救いたいと伝え、高見場にいる神官の持つ鍵を奪いに行く。




#生け贄


 ほとりとクォーツは、水中に沈んできた神官に近づいた。


 その神官の腹部から血がにじみ出て、恐怖と苦しみを叫んでいるかのように目と口を大きく開けて、動くことはなかった。


 二人は、体を身震いさせ、神官から目をそらして互いに抱きしめ合った。


「一体に何が起きてるの?」


 ほとりは、クォーツの耳元で囁いた。


「わ、わからない。ほとり、上に行ける?」


「うん」


 ほとりがクォーツから体を離すと、クォーツが手を握ってきた。ほとりの表情が和らいだ。


 二人を包み込んだ球体がゆっくり上昇し、上部が水面に出ると、神官たちのいた高見場に視線を移した。


 高見場から上半身が垂れ下がり、今にも落ちそうな者の姿がすぐに目に入る。至るところで炎が上がり、服も燃えていた。


 高見場の奥から出たり入ったりするテクリートが、爪で神官たちを捕まえ、食い殺してる。


 テクリートは、ほとりたちには気づかない。


「一体、どういうこと? どうして人を……蝶人が生け贄になるんじゃないかったの」


 ほとりはつぶやいた。


「わからない。でも、蝶人である必要はなかったのかもしれない」


「だったら、あの子たちは……」


「あの子たち?」


 クォーツが聞き返した。


「子供の蝶人たちが、ベレノスの光を使う練習をさせられてたの。どこの場所だったかまでは覚えてないけど……。


 私、あの子たちを助けたい。ここから出して、両親の元へ返してあげたい」


 ほとりは、クォーツの瞳を見つめた。


 クォーツは一度だけ頷いた。


「たぶん、あの子たちは、部屋に閉じ込められていると思う。鍵が必要。神官の誰かが持っているはず。でも……」


 クォーツは、高見場を見上げた。テクリートが羽を羽ばたかせている後ろ姿が見えた。


「なんとかなる。クォーツと一緒なら」


 ほとりの表情は、揺るぎなかった。




#囮


 ほとりたちは、テクリートに気づかれないよう水から上がった。


 大通路に向かう中、服から水がどんどんしたたり落ち、床を流れていく。あっという間に、服は乾いた。


 神殿にいた人たちは、納天姫祭を見ていたか、すでに逃げて、神殿内はいつものように静かだった。


 途中、廊下の壁に座りこんで、震え怯える神官もいた。


 クォーツとほとりは、背を壁につけて、高見場の様子をそっと伺う。


 演奏に使っていた楽器は放置され、演奏者や神官たちが無残にも息絶えていた。


 テクリートは、動かなくなった神官を口で突っつき、肉を食らっていた。


 その光景を目の当たりにした二人はすぐに首を引っ込め、硬く手を握り合った。そして、クォーツがもう一度様子を伺い、また顔をほとりに向けた。


「鍵束あった。私がおとりになるから、その隙にほとりは鍵束を」


 ほとりは、即座に首を左右に振った。


「私がおとりになる。私なら、確実に逃げ切れる。さっきの大通路で合流しよう」


 ほとりは、言ってまもなく飛び出した。


 ほとりに注意を向けたテクリートが襲いかかってくる。


 ほとりは、一目散に高見場を走り抜けた。


 そして、その勢いのまま、高見場から身を投げ出した。


 急速に近づいてくる水面。


 ほとりは、水の羽を出す。


 球体に包まれたほとりは、水中に沈んでいく。


 水面ギリギリを旋回しているテクリートの影が水中から見えた。しばらくして、その影が消えた。


 水面に浮上したほとりは、高見場を見ると、大人しいテクリートの背が見える。暴れている様子はなく、また肉を食らっているようだった。


 ほとりは、水から上がり、大通路へ走った。


「ほとり!」


「クォーツ!」


 互いの姿が見えた。


 クォーツは鍵束を掲げて、駆けてきた。


「ほとり、急に飛び降りるからビックリしたよ。そうするならそうと、言ってよ」


「ごめん。でも、直感がそうしろって。さっきのタイミングしかないと思って」


「もう……。ほとりって、見た目と違って大胆だよね」


 クォーツは、肩の力が抜けたように言った。


「そう……かな」


 ほとりもクォーツに同じことを言い返そうと思ったが、鍵束を見て、先に進もうと促した。




#民への水


 突き当たりを左に曲がった。見覚えのある場所だった。


 ほとりは後ろを振り返ると、子供たちが練習させられた部屋へ通じる通路が伸びていた。


「確かこの辺だったような」


 鍵束を揺らしながら、いくつかある部屋の扉を探っていくクォーツ。そして、開かない扉の前で止まった。


「これ、持っててくれる?」


 ほとりは、ベレノスの光を受け取った。見た目よりずっしりと重さを感じた。


 クォーツは、鍵穴に一つ一つ鍵を片っ端から入れて、試していった。


 そして、開いた。


 壁も床も真っ白で窓のない部屋に置かれた寝台の上で静かにしていた四人の女の子たち。肌が黒く、横になっている子もいた。


 扉が開いたことに気づいて、寝台から起き上がる。


 しかし、クォーツを見て動きが止まり、戸惑っている。


「みんな、おうちに帰れるよ」


 クォーツの声は明るかった。


「お姉ちゃん……本当に?」


 一人が聞いてきた。互いに見知っている仲のように、ほとりには見えた。


「本当だよ」


 しかし、その子はほとりの持った大きなベレノスの光を見て、顔をこわばらせた。


「大丈夫だよ。あれは、私用だから」


 クォーツが答えた。


 子供たちはそれで安心したようには感じられなかったが、他の部屋の扉を開けるクォーツに嘘はないと思い、部屋から出てきた。


 ほとりとクォーツは、子供たちと一緒に神殿の外へ出た。


 ゴーという轟音が地底に鳴り響いていた。


 神殿の脇の岩壁から、水がダムの放水のように放出されていた。町の手前には大きな湖ができ、地底の民たちがそれを眺め、拍手をし、涙している者も見受けられた。


 クォーツの言っていた貯水池に水が溜まり、血管のように枝分かれしていく水路を水が流れていた。


 ほとりは、この光景を見て、納天姫祭の重要性を思い知った。しかし、天姫やインボルクの浄火による地上への復讐をやめさせたいとも思えた。


 ますますみんなが安心する理想水郷が必要だと強く心に抱いた。

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