8.水宙を飛ぶ羽

- まえがき -

テクリートの襲撃を避けるほとりは、増えていく水かさに、ついに溺れる。


すると、水中で水の羽に包まれた。そこに、なぜか、クォーツが現れ、しかしテクリートに狙われる。


ほとりはクォーツを水中へ……。




#溺れるまで


 ほとりは倒れ込むようにして、急降下してきた巨大なコウモリを避けた。


 背後を風が切り、全身を震わせたほとりは恐る恐る顔をあげると、コウモリは天井に逆さまになっている。


 ほとりもいつもまで倒れ伏せているわけにはいかなかった。どんどん水かさが増し、息ができなくなる。


 テクリートの様子を見ながらゆっくり立ち上がるほとり。


 テクリートが足を離し、羽を広げ、また降下してくる。


 ほとりは、からがら横へ飛び退けた。


 水しぶきをあげ、体が水に沈む。


 しかし、水の量が増え続ければ、何度も避けることは次第にできなくなると、ほとりは悟った。


 立ち上がった状態で、すでに腰の高さまで水が増え、飛び跳ねるようなことはもうできなかった。


 テクリートが宙を旋回し、ほとり目がけて飛んでくる。


 ほとりは、身動きが取れず、その場で慌てて潜った。


 テクリートは、水中にいるほとりを気にしてはいるものの、水中に入って来ることはしなかった。水にすら触れようともしてこない。


 ほとりは息がもたず、顔を出す。


 水は胸の位置にまで達そうとしていた。


 またテクリートが急降下してくるのをほとりは、水中でやり過ごすこと数回。ついに、ほとりは足が底に届かなくなり、体が浮いてしまった。


 足がつかなくなった瞬間、ほとりは真っ暗闇に引き込まれたような恐怖に包まれた。足をどんなに伸ばしても何にも触れない。


「あ、いやっ、たすけ――」


 なりふり構わず、ほとりは手足を動かすと、水中に沈み、もがくことしかできなかった。


 幼少期に海で溺れた記憶がさらなる恐怖とともに蘇る。




#水宙の羽


 その時だった。


 ほとりの背中から羽が出現し、ほとりを包み込んだのだ。途端に体は軽くなり、息もできた。


 水に流されることもない。行きたい方向に歩けば、ほとりを包み込んだ球が回転して、水中を移動できた。


 ほとりは、セリカ・ガルテンに初めて来た日、池に落ちた時と同じだったことを思い出した。


 蝶人が宙を飛んでいるように、ほとりは水宙を飛んでいた。


 水が注ぎ込む方向から何かが流れてきた。ほとりは、崩れた岩壁かと思ったが、それは水面に浮き、そして水面から消えた。


 ほとりは背伸びをする意識をもつと、水の球は水面に向かって浮かび上がっていく。




#二人の天姫


 水の外の様子をうかがうほとり。


 そこには、テクリートに追い回されているクォーツがいた。


 ――どうして、クォーツが。


 ほとりは水面に完全に浮き、身を包み込んだ水の羽を、水面につけ、自分の体を支え立った。


「クォーツ!」


「ほとり?」


 ほとりに気づいたテクリートが、クォーツからほとりに狙いを変えた。


「クォーツ!」


 ほとりは、水上を駆けた。


「ほとり!」


 クォーツも強く羽を羽ばたかせ、猛スピードでほとりに向かう。


 テクリートがほとりに追いつく寸前に、ほとりはクォーツを抱えられ、いっきに上昇する。


 すぐにテクリートが二人に向かってくる。


 クォーツは、ほとりを抱えては素早く飛び逃げることはできず、向かってくるテクリートをギリギリ避けることしかできなかった。


「クォーツ、なぜそこに。それに、天姫、何をやっている。早く、テクリート様に命を捧げよ」


 アダマースが、立ち上がって叫んできた。


「クォーツ、水に潜り込んで」


 ほとりは、アダマースの言葉を無視して、口早に言った。


「えっ、でも。息が。私、泳げない」


「クォーツ、私を信じて」


 ほとりは、戸惑うクォーツと視線が合った。


「わかった」


 サッと、テクリートとの衝突を回避して、クォーツはいっきに水面に向かって滑空する。


 水に入り込む寸前、ほとりは、自分の羽でクォーツとともに包み込んだ。




#天姫を思って


 球体に覆われた中で、二人は抱き合った。


「ほとり、私なんかのために、こんなことを」


「クォーツを助けたいと思ったから。クォーツには地上に行って欲しかった。でも、どうしてここに」


 ほとりが体を離し、クォーツの顔を見て聞いた。


「この水が流れ出てるところに私は連れてこられて、水が出なくなるのを待ってた。


 水が道を遮っていて、その先の道が地上に行ける道だって言われた。たぶん、あの壁の裏側」


 水が注ぎ込んでいる方をクォーツが指差した。


「だったら、どうしてずっとそこにいなかったの」


「だって、ほとりが私の代わりに天姫になったなら、この水の先にいるってことでしょ。


 ほとりを私なんかのために死なせたくない、って思ったらいてもたってもいられず、目の前の水に飛び込んでた」


「クォーツ……」


「ありがとう、ほとり」


 ほとりは首を振った。


「本当のことを言えば、自分も助かってクォーツと一緒に地上に行きたかった。地上への道もわからないままで……。


 でも、クォーツと今一緒にいる。その先へ行けば、地上への道があるんだよね」


 クォーツもそれに頷いた。


「でも、水がすべて流れ出たら、テクリート様がまた壁を塞ぐ。そうしたら、道も閉ざされちゃう」


「わかった。行こう」


 ほとりは、水が注ぐ方向に歩き出した。二人を包み込む球が動き出す。


「あ、ベレノスの光」


 クォーツが両の手の平を見返して言った。


 クォーツはベレノスの光を持って地上に行くことになり、手で持っていた。しかし、水に飛び込んだ時、水に流されてしまったようだった。


「クォーツ、あれ、そうじゃない?」


 二人の見た先に、光るクリスタルが回転しながら水の流れに逆らっていた。しかし、水の勢いに押され、それ以上進めていない。


 ほとりがクリスタルの背後からに近づくと、球の中に入り込んできた。クォーツが両手で抱えた。


 ナイア像の手の上で輝いていたベレノスの光は、両手で抱えなければならないほど大きかった。


「きれい」


 ほとりは、キラキラと光りを放つクリスタルに目を奪われた時だった。


 水に何かが落ちた音がした。


 二人は、その方向を見る。


 白い衣装の神官だった。次々と、落ちてくる神官の服の一部が赤く染まっていた。




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