7.納天姫祭

- まえがき -

ほとりは、クォーツに代わって天姫になることを決意する。


案内された広場で一人にされたほとりは、祈りを捧げるために巨大な骸骨の像に近づく。


突然、像が動き出し、崩れた壁の奥から大量の水が流れ込んでくる。




#天姫ほとり


 どのくらい膝を抱えてうつむいていたかはわからない。しかし、納天姫祭の日にはなっていないと直感した。


 ほとりは、クリスタル張りの部屋で覚悟を決めた。そして、顔を上げ、立ち上がった。


 様々な角度のクリスタルに、力強く立つ足、力みのない姿勢、一点を見つめて揺るぎない瞳のほとりが反射する。


「誰か近くにいますか」


 ほとりは声を張った。反響した自分の声で耳が痛くなる。


 外からの反応はなかった。


「私がクォーツの代わりに天姫になります。誰か聞いていたら、光帝に伝えてください。


 クォーツを地上に行かせてあげてください」


 しばらくしてから、壁に同化していた扉が横から開いた。そこには、アダマースが立っていた。


「天姫になる気持ちは、揺らぐことはないか?」


 アダマースが聞いてきた。


「はい」


 と、ほとりの答えは、はっきりしていた。




#ミクトランテクリート


 ほとりは、天女を思わせる衣装に着替えさせられた。


 クォーツがすでに着ていたものか、これから着る予定のものだったかはわからない。しかし、ほとりは、クォーツと心がつながっている気がした。


 着替える際に、肌身離さず持っていた水筒のガラス瓶は持って行かれてしまった。その行方を聞いたほとりは、怪訝な顔をされた。


 生け贄にされて、死んだあとのことを気にするのが不思議に思われたようだった。しかし、その女は、納天姫祭で、光帝の前に天姫の私物が奉られると教えてくれた。


 時間になって、神官とともに部屋を出た。結局、それまでにクォーツと会うことはなかった。


 神殿の大通路を横切ると、一面クリスタル張りの広場に出た。町から高台にある分、土向きだしの天井が近かった。


 打楽器と金属音の神妙な音楽が始まった。


 広場一帯に鳴り響くと反響した。


 遠くから歓声と拍手も聞こえてきた。


 その場にそれほど大勢の人はいない。


 ほとりは、神官のあとについて、広場の中央に歩いて行く。


 ゆっくりと流れる音の鳴る方を見上げると、演奏者の並びに、光帝アダマースと神官たちも並び、広場を見つめていた。


 ほとりは、目だけを動かして横目に辺りを探る。


 壁と床の間に大きな溝があった。歓声と拍手は、そこから聞こえてきた。


 ミクトランの民は、そこから漏れてくる祭りの音を聞き、外から様子をうかがっているのだろうと、ほとりには思えた。


 その溝と真反対に歩いて行くと、正面の壁に埋め込められたかのような像が建っていた。


 それは、深々と帽子をかぶった巨大な骸骨を模す像だった。


 広場の中央で歩みを止めた神官二人が、ほとりに向き直る。神官の表情は、今にも逃げ出しそうに、じっとしていられず、呼吸が早かった。


「天姫様。これより先へは、お一人でお進みください。正面に見えますのが、ミクトランテクリート様です」


「ここで我々は広場から戻ります。それまでは、この線を越えずにお待ちください」


 神官の足の後ろに、浅い溝が横一直線に掘られていた。


「音楽が鳴り止みましたら、テクリート様の元へ行き、祈りを捧げください」


「はい」


 ほとりが静かに答えると、神官たちはせっせとその場から立ち去った。ほとりから離れると、早歩きからいっきに走り出して、広場から出ていった。




#納天姫祭の始まり


 音楽が静かに終わっていった。


 高見から見物する者たちの視線を強く感じ、その場に緊張感が立ちこめた。


 いくばくか、胸の鼓動が早くなったほとりは、正面を見据え、息を吸った。そして、歩み出す。


 床の線を越えた。


 越えた瞬間に何かが起こるのかと、想像していたほとりだったが、何も起こらず一つ安心した。


 音楽が再び演奏されるわけでもなく、ただの目印の線だったんだと思ったほとりは、そのまままっすぐ進み、像を見た時だった。


 骸骨の像を形作る土が、ポロポロとはがれ落ちていた。次第に、白い骨が見え始め、土から解放されつつある骨が動き始めた。


 ボロボロ、ガラガラと勢いよく、壁の中から骸骨が飛び出てきた。


 同時に、骸骨の背後にあった岩壁がくずれて、そこから大量の水が出てきた。


 クリスタルの床を水が広がって、いっきに流れてくる。


 サーっと、ほとりの足の裏をさらうように流れていく。


 水は、民の声が聞こえていた壁と床の溝に流れ込んでいった。すると、さっきとは比べものにならないほどの歓声と拍手が、地鳴りかのごとく地底一帯に響いた。


 ――あそこから、外に水が出ているだ。


 しかし、広場に注がれる水は、ダムの放水かのごとく止まることを知らない。


 足下からだんだんと水かさが増してく。


 あっという間に、ほとりの足首を越えて、水につかってしまっている。


 溝から外へ出る水の量より、広場に入り込む水の方が圧倒的に多かった。


「天姫よ、ミクトランの民のため、ナイアの祈りため、その役目を果たせよ」


 アダマースの声が響き渡った。


 ――役目って。


 高見のアダマースを見上げたほとり。


 そこにさっきまでいなかった宙を飛ぶ巨大なコウモリが視界に入ってきた。


 ほとりは、辺りを見回すも、壁から飛びできた骸骨は、どこにもいなかった。


 そのコウモリは、叫ぶとともに、口から炎を吐き、ほとりに向かって急降下した。

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