12.三人で帰還

- まえがき -

ララとともにサーカス小屋を飛び出たほとりは、ユーリとともにゲートを目指す。


川の上で待っていた本当の島主である老年の蝶人から、蝶人がいない理想水郷の真実を聞かされる。


そして、三人はセリカ・ガルテンに戻っていった。




#初めての外


 ほとりとララがテント小屋から飛び出た直後、小屋の中からざわめく声がいっせいに上がった。


「作戦、成功!」


 ユーリがほとりの隣まで飛び上がってくると、ナイフを見せてきた。


「ユーリ、ありがとう。って、それ、ミクロスさんの。返さないと」


「今から、戻れるわけないでしょ。きっとサーカス団の関係者が追ってくる。すぐに学園に戻るよ。新米ちゃん、私について来て」


「ララ、大丈夫。私の友達」


 ララは、軽く頷いて、ユーリについていく。


 サーカス小屋を出るのが初めだったララは、分厚く暗い雲の下に広がる夜の町をキョロキョロと見ていた。


「外が、どこまでも続いている」


 ララは、目を輝かせる勢いだった。


「そうだよ。明るくなったら、もっと遠くまで、もっと広いことがわかるから」


「外は、広いんだ」


 川へ向かって行くと、工場の煙突から上がった煙が流れてきた。


 けっして空気はよくないこの空だったが、ララが羽を伸ばして、気持ち良さそうに飛んでいる姿を見て、安心した。


 ――狭いサーカス小屋から、連れ出してよかった。


 見覚えのある川べりが近づいてきた。大きな排水管の中に、セリカ・ガルテンへのゲートがある。


 急に前を行くユーリが止まった。ララも止まる。


 目の前に、老年の蝶人がいた。




#バックウェーブ島の島主


「予言の子は、あんたかい」


 と、言った老年の蝶人の羽は、かなり傷んでいて、宙に浮いているのがやっとだった。


「私じゃない。この子」


 ユーリが横に移動して、背後にいたほとりを差すと、老年の蝶人が眉をひそめた。


「まさか、飛べないのかい? 羽があるのに?」


「は、はい……」


 ララの手を握っているほとりは、まるで捕らえられたかのような姿に、惨めさを感じた。


「本当に予言の子なのかい?」


「そう言われているだけで、私にはそういった感覚はなくて……」


「ほとりだけ、一人遅れて、セリカ・ガルテンにやってきました。私は目の前で見てるから、そうだと思います」


 ユーリが言った。


「遅れてか。新しい島の誕生とともに、予言の子が一人でやってくる、とは聞いていたが、本当だったようだね」


 老年の蝶人は、息をゆっくり吐いて、わずかに頷いていた。


「あなたは?」


「あぁ、私は、フィロメーナ・バックウェーブ。この島の島主」


「あなたが。でも、床に伏しているって?」


「ミクロスから予言の子の話を聞いて、ひと目拝もうと待っていた。


 ほんとうに水工場を抜けだし、サーカス団から蝶人を連れ出してくるとは思わなかった」


「フィロメーナさん。本当にここが、あなたの目指していた理想水郷だったんですか?」


 ほとりは、表情をやわらげたフィロメーナに、真意を問わないわけにはいかなかった。


「最初は違ったよ。だが、理想がなかなか実現できず、ただの空想にすぎないと思われると、私の力は弱まり、私は島主の名前だけ残して、お払い箱になった」


「でも、どのシュメッターもウトピアクアを作る使命があるはず」


「どのシュメッターも、まったく同じウトピアクアを目指しているわけではない。理想は千差万別。


 私の名前を使った後継のシュメッターが、島の実権を握っている」


「あなたは、もう何もできないんですか?」


 ほとりが聞いた。


「人が増えすぎて、もう後戻りはできない。リセットボタンでもあればと思うが、それもピラミッド島の二の前になるさ」


 ――ピラミッド島。そういえば、ケイトさんが言っていた。




#蝶静水


「一つ、いいですか?」


 ユーリが言った。フィロメーナは、頷いた。


「ここがウトピアクアなら、住人は全員、蝶人のはず。なぜ、羽のある者が、この子しかいないんですか?」


 ユーリがララを指差して聞いた。それは、ほとりも疑問に思っていたことだった。


「サーカス団関係者の上層部、その子以外は、生まれてすぐに蝶静水を飲まされて、蝶人の力を押さえ込まれている」


蝶静水ちょうせいすい……そんなものが。この島の人たちは、自分が蝶人だって知らないんですか?」


 目を丸くしたユーリと目があったほとりが聞いた。


「残念ながら、知らない。ただの人だと思っている。全員が蝶人だと都合が悪いんだ。この理想水郷ではね」


「そんなこと……」


「予言の子よ。名前は?」


 フィロメーナが聞いた。


「浅葱ほとりです」


「浅葱ほとり。ウトピアクアを作りたい気持ちはあるかい?」


「あります」


 ほとりは、即答した。


「そうかい。予言の子の力なら理想水郷が作れるだろう」


 フィロメーナは、ほとりから視線を上げてララを見つめた。


「それと、マルコといったかな。辛い思いをさせて悪かったね。外の世界に驚くこともあるかもしれないが、自分を大切にね」


 ララは、何も返答しなかったが、ほとりの手を強く握ってきた。ほとりも強く握り返した。


「止めてしまって悪かった。早く行った方がいい。サーカス団の者たちが追ってくるだろう。


 あと、ゲートはすぐに見つかることはないだろうが、場所を変えておいた方がいい」


 フィロメーナは、前方を空けた。


 ユーリが進むと、ララも後を追った。




#帰還


 大きな排水管のある川辺まで降りると、鼻をつく臭いが強くなる。ララも鼻を押さえ、顔をゆがめた。


 ほとりはその顔を見て、ララ本来の一面に触れることができたように思えた。


 羽のないララは、小さかった。ほとりは、自分よりも幼い子が人前にさらされていたことを思うと、胸が締めつけられた。


 排水管の中は、真っ暗だったが、ずっと奥に円い光が見えた。


 ほとりは、ひらひらの衣装をララにつかまれた。


「こわいよ……」


「大丈夫。私がついているから」


 ほとりは、ララの手を握ってあげた。


 前を歩くユーリが、顔をほとりに向けると、笑顔を見せた。


「かわいい妹ができたって感じだね、ほとり。お揃いの服も着ちゃって」


 ユーリに言われたほとりは、自分を見下ろすと、妖精の衣装姿であることを再認識する。


「え、待って。このまま戻るのは恥ずかしいよ、ユーリ」


「知ーらない」


 ユーリは、光り揺らぐゲートをさっさとくぐって行ってしまった。


 目の前でユーリが消えたことに、ララは驚き、ほとりに身を寄せた。


「大丈夫。痛くないし、消えないから」


 ララの肩を抱くようにしてほとりは、ララと一緒に、光りのカーテンの中へ進んだ。


 ゲートをくぐると、そこは空気が澄んでいた。

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