6.マルコとミクロス

- まえがき -

檻に入れられた蝶人てふとを見つけたほとりたちは、助けに来たことを伝えるが、上手く説得することはできない。


小さな調教師ミクロスに見つかり、逃げ出すも、ほとりだけ捕まってしまう。


しかし、予言の子と聞いたミクロスの様子が変わる。




#仲間の証明


 夜明かりに映ったのは、フリークショーでテントの中を優雅に飛んでいた蝶人の少女だった。


 化粧はしておらず、髪も短いため、かなり幼く見えた。


「マルコさんですか?」


 ほとりの質問に返事はなかったが、ほとりは、見間違ってはいないと確信していた。


「私、浅葱ほとりと言います。マルコさん、あなたを助けに来ました」


 彼女は、体にかけていた毛布を口元まで引き上げたまま固まっている。


「それは、怪しいって、ほとり」


 確かに、と思ったほとりは、ユーリに頼んで、檻を覆う布を開けてもらった。


 檻の中が照らされ、そこに人が生活できるようなものは一切なかった。ただ、彼女が寝るくらいしかできない環境だった。


 マルコは、体を丸め、怯えていた。


 ほとりは、檻の中央に立ち、右手を自分の首の後ろへとまわす。そして、首の裏筋をすっと指先でなぞった。


 首から背中、腰にかけてくすぐったい刺激が電気のように走った。


 ほとりの体が一瞬震えると、背中に水を含んだような透明な蝶の羽が広がった。


 光がほとりの羽を通り、七色に乱れた光が檻の中を淡く照らす。


「ひっ……羽。私と一緒の……」


「えぇ。あなたと同じ蝶の妖精シュメッターリング。新しいウトピアクアを作るために、宿された力なの」


「ウト……ピア?」


 マルコは、首をかしげた。




#説得


 ほとりは、理想水郷のこと、蝶人のこと、セリカ・ガルテンのことを話した。自分たちの力を必要とされていることも。


 それらを話している間、ほとりは自分がまるで明日架の一部にとってかわったように感じられた。


「それで、私たちはあなたを助けに来たの」


「でも、ここにいないと怒られるから……」


 マルコは視線を落として、首を左右にゆっくり振って言った。


 ほとりが、明日架から受けた説明をそのまましたところで、意味がないことを痛感した。


「誰だ、そこにいるのはっ」


 ほとりとユーリは、声の方に振り向いた。


 昨晩、柵の所で出会った小さな調教師だった。


「逃げるよ、ほとり」


 ユーリが羽を一瞬で生やして、ほとりを抱きかかえると同時に、羽ばたいた。


 ユーリの羽が一回二回と強く打つと、上昇し、檻や小屋が小さくなっていく。


「えっ?」


 ほとりの片足に何か巻きついて、声を上げた。そして、いっきに引っ張られた。


「うわっ! ほとり?」


 ユーリの手からほとりは離れてしまった。ほとりの足から伸びた紐状の先には、調教師がいた。


 調教師が放った鞭が、ほとりを引きつけ、ほとりは調教師に抱きかかえられるようにして捕まってしまった。




#ミクロス


 ほとりは、体をよじり、足をバタつかせ、小柄な調教師の腕の中から脱出を試みたが、全くその力にあらがえなかった。


「こら、静かにせい」


 ほとりは鞭に縛られて、その場に座らされた。


「ふー。もう一人は、飛んでいったか……」


 ほとりを縛り上げる鞭を握ったまま、上空を見上げる調教師が目の前に立つと、座ったほとりの目高くらいだった。


「ミクロス」


 マルコが格子まで駆け寄ってきた。


「私、ここにずっといなきゃいけないんだよね。興行主様のために働かないといけないんだよね」


 ほとりは、自分よりも幼い少女の発言に言葉を失った。


「あ、あぁ……」


 困り顔であいまいに答え、マルコから目線をそらしたミクロスは、ほとりを見た。


「やっぱり、オメー、セリカの遣いのもんだったんだな。少し前に来たと思えば、また」


「どうしてそれを?」


 ほとりが聞くと、ミクロスは何も聞くなというように首を左右に振った。


「悪いことは言わねぇ。大人しく帰ってくれ。騒ぎ立てられれば、この島が混乱する」


「混乱って?」


 ほとりが聞くと、ミクロスがばつ悪そうに視線をそらした。


「おかしいですよ。水を売るために、利用されているなんて。ここが理想水郷の一つと聞いていたのに、どうして空気や川がこんなに汚れているんですか」


「ここのことを何も聞かされていないのか?」


「はい。囚われている彼女を連れ出すように言われていただけで何も」


「適当だな」


「私は予言の子として、この世界に連れてこられて間もなくて。自分の目でウトピアクアを見た方がいいって」


「お前、今、なんて」


「自分の目でウトピ――」


「いや、その前じゃ」


「私は予言の子として、この世界に……」


 ほとりの言葉を聞いたミクロスは、目を見広げ、ほとりは見つめられた。そして、ほとりの体を縛っていた鞭が解かれた。


「え、あの」


 ゆっくり頷いたミクロスに、わずかな安心を覚え、ほとりの羽は、暗闇に同化するように消えた。




#最初の本音


「わしらは、フリークじゃ。こんななりじゃ、普通の生活を周りがさせてはくれん。


 じゃが、島主はこんなわしらを救うため、生きる場所をここに作ってくれた。見せ物になろうが生きていけるんじゃ、わしらは。


 でも、マルコは……」


 ほとりは、ミクロスの言っていることがよくわからなかった。


「予言の子と、お前は言ったな」


「言いましたけど、自分でも本当のところはわかりません」


「じゃが、シュメッターになった以上は、ウトピアクアを作るのだろ。お前は、どんな理想水郷を作るのじゃ?」


「それは……でも、ここよりも、もっといいウトピアクアを作りたい」


「そうか……」


 ミクロスは、ふっと力の抜けたやさしい笑顔をほんのわずか見せた。


 その時、パッと、懐中電灯の光に、ほとりは照らされた。


「侵入者か、そこで何をしている?」


 警備員の走る音が、ものすごい勢いで近づいてくる。


 目がくらんだほとりは、立ち上がるのに遅れ、走り出してすぐに、あっけなく捉えられてしまった。


「え、ちょっと」


「大人しくしろ」


 ほとりは、ミクロスを見返した。ミクロスは、何か言いたげなまま、その場に立ち尽くし、空を見上げた。


 警備員に押さえ込まれながらもほとりは、空を見上げた。


 暗雲の下を、一匹の蝶が飛んでいた。

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