7.水の工場

- まえがき -

ほとりが連れて行かれた場所は、瓶に水を入れる工場だった。捕まった者たちが、水のために働かされている。


そこで川が汚れている理由をほとりは知る。しかし、水の真実を知った者は、そこから出ることはできない。




#移送


 ほとりは、両手を縛られたうえに、目隠しをされ、他にも同じような人が乗ったトラックの荷台に押し込まれた。


 トラックが走り出すと、すきま風が入り込んできて寒くなり、体も震えはじめた。


 車体の揺れが大きくなり、きしむ音だけがひどくうるさくなっていった。


 動力音も激しくなり、坂道を進んでいるように思われた。


 一日動き回って疲れていたほとりだったが、寒さと不安で眠気など出るはずもなかった。


 はたと車が止まると、恐ろしいほどの静けさが包み込む。


 やってきた男の指示で、荷台から降ろされると、ゴーという自然に近い音が耳に入ってきた。誘導に従い、建物の中へと入ったことで、その音は聞こえなくなった。


 目隠しが外されると、そこにいた体格のいい監守に告げられる。


「罪を犯した者は、罰を受けなければならない。水のために命を捧げてもらう」


 有無を言わせず、作業服に着替えさせられたほとりを含めた他三人の女性が案内された場所は、パイプが縦横無尽に張り巡らされた窓のない空間だった。




#水の生産


 同じ作業服を着た女性が一列になって、パイプの先の蛇口から手作業で瓶に水を入れて、ケースに戻し、また空き瓶に水を入れる作業をただ繰り返していた。


 ほとりは、誰も使用されていない蛇口の前に連れて行かれ、重ねられたケースに入った空き瓶に水を入れるよう命じされた。


 瓶を一本取り、蛇口をひねり、空き瓶を水で満たすことだけを繰り返す。


 ふと、瓶に貼られたラベルを見ると、サーカスで売っていた深海の水のラベルだった。


 ――ここは、海の近く?


 ほとりは、隣の痩せた女性を目にした。彼女が持つ瓶には、山の水のラベルが張られていた。


 蛇口からパイプをたどっていくと、同じところにつながれていて、どれも同じ水を使っているようだった。


「さぼってると、怒鳴られるよ」


 隣の女性に声をかけられたほとりは、慌てて次の瓶を手に取った。




#監視下で


 監守は、定期的に歩いて来て、詰め終わったケースを運ぶ係の男を呼んで持っても行かせていた。


 数列向こうの蛇口から、怒鳴る声が時々聞こえても来る。流れる水の音と瓶がケースに当たる音だけの場に、恐怖と緊張が走った。


 ほとりは、ただただ水を入れ続けた。


「あんたも水を盗んだりしたのかい?」


 監守がいないことを確認した隣の女性が、小声でというより、力のなく声をかけてきた。


 ほとりを見る彼女の目に光はなかった。


 たんたんと慣れたその手つきは、蛇口を見ずとも計算された瓶の角度で、水漏れや跳ねがほとんどなく効率的なロボットのような動作だった。


「いえ、サーカス団の敷地内に無断で入っちゃって。それで……」


「フリークの息を間近で吸ったら移るって話しだ。フリークになっていたら、翌日にはさらし者だったよ、あんた」


 フリークへの疑問が浮かんだほとりだったが、黙っていた。


「それにしても、あんた良かったね。サーカス団組織に近づいた上に、若いから、ヘタしたらもっと重罪の水汚しの方に回されていたよ」


「水汚し?」


 監守が近づいてきて、二人は口を閉じ、作業を続けた。監守は、しばらく同じ列を行き来し、続きを聞けないままでいた。


 ほとりの手がしわしわになった頃、ほとりの列に、休憩の順番が回ってきた。


 何もわからないほとりは、隣の女性についていった。




#水汚しの工場


 休憩室とは名ばかりで、ただベンチが置いてあり、細長い明かりとりの窓があるだけだった。しかし、その窓はまだ暗かった。


 ほとりは、隣だった彼女の横に座った。多くの作業員も、無言で座り、そこで時間が流れるのを待っていた。


「あの、瓶の中の水って全部同じものですよね?」


 ほとりが聞いた。


「気づくの早いね。私は、空き瓶のラベルが変わって気づいたからね」


 ほとりは、改めて、水を飲み比べても意味がなかったんだと思った。


「町の人たちは、それを知らないで……」


「そうだろうね。ここにいる人間と、サーカス団上層部くらしか知らないだろうね」


 彼女は、ほくそえんだ。


「ここの水は、どこから。川はあんなに汚れているのに」


「さぁ、出どころはよくわからないが、生で普通に飲める水さ。それをみんな高い金をだして毎日買ってるんだよ」


 ――やっぱり、こんなウトピアクアは、許せない。


 しかし、ほとりの中に芽生えた怒りは、ぶつけどころがなかった。


「こっちに来てみな」


 立ち上がった女性は、細い窓からで外を指差した。ほとりは、少し暗い外を見た。


 すぐ真下は川になっていて、森に挟まれていた。周りに道や人工的な明かりはない。


 唯一、ほんの少し下流に建物があることに気づいた。やはり、川の上に施設が建っている。


「あの建物の上流と下流の水を比べてみな」


 薄暗く、はっきりしなかったが、川の上流は濁りのない普通の水が流れていたが、建物を通過した下流の水が、茶色く濁って流れていた。


「一体、何が?」


 ほとりは聞いた。


 女は周囲に目をやってから、小声で話し始めた。


「見ての通り、川の水を汚している。町で、飲水にされないために」


「え――」


 ほとりは言葉が出なかった。


「あそこは、水汚しの工場。噂じゃ、毒物を垂れ流しているそうだ。その作業で体調を崩して、死んだものも多々いるって話だよ」


「ひどい」


「これが、バックウェーブの水を買うしかない仕組み。


 でも、私らは、ここにいれば最低限の生活は保証され、水は飲み放題。


 真実を知った以上、二度と外には出してもらえないけどね」


 女は、口角を上がっていたが、瞳は笑っていなかった。


「出る方法はないんですか?」


 ほとりが聞いた。


「死んだらここから出られるさ。水汚しの工場から流されてね」


 ほとりは、捕まることなど夢にも思ってもいなかった。


 しかし、ここで一生を終えることなど、到底受け入れることはできなかった。

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