第146話:面突キ合ヒ意交ハス

 崩れ落ちる瓦礫に身を打たれる統尤は、死を覚悟したと見えた。

 幾ばくかの余力はあるのだろう。しかし降り注ぐ物全てを排除するには足らない。なによりそうするだけの意義を失っているのだろう。

 制御を失った霊の放出が終わって、既に両目を閉じた統尤。だがそこで彼の命は尽きなかった。

 足下に穴が空いて、引きずり込まれる。

 統尤と同じような狩衣を着た若い男。神官衣を着た若い女。その二人は生きた人間でなく、式徨だ。

 統尤を小脇に抱え、深い位置にある洞窟を疾走した。


「――どういう始末でしょうか」

「やあ仙石くん。時間がないから手短に言うけど、君が居ると不都合の多い人がたくさんいらっしゃるんだよ」


 先に居た男。糸のように細く笑うその目は、決して閉じていない。左右にそれぞれ持った小太刀と同様、統尤の肉体的なあるいは精神的な急所を狙い続けている。


「丁度ご希望どおりになるところだったのですが――なるほど趣旨が違うと」

「そういうことさ」


 男は視線を僅かに外す。統尤の背後、たったいま通り過ぎた場所へ。


「じゃァ早速行こうかね」

「あなたもですか。こちらへあちらへと、忙しいことだ」

「俺の目的は果たしたんでなァ。次のビジネスだよ」


 あとから現れた中年の男は、どこからか短い紙タバコを取り出し火を点ける。いまどきどこで売っているのか、マッチの炎が木造の壁を浮かび上がらせる。


「しばらく新しいのを買う機会がねェのはしんどいがな」

「落ち着いたらコンテナで送りますよ」

「そうしてくれ」


 ここがあの地下空間であれば、大量にあった唹迩の気配がない。そのことに気付いたのか、統尤はどこということもなく闇を見つめる。


「ではお願いします」

「あァ。二度と見つからねェようにするさ」


 短いタバコが一気に根元まで吸われ、赤い色が地面に落ちた。それが踏み潰されるのと同時に、統尤の身体が担ぎ上げられる。


「お気を付けて。仙石くんも、達者でね」


 統尤が返事をすることはなかった。

 別れを告げた男が、そっと撫でるような動作で彼の胸に手を伸ばしたからだ。

 達者でと言い終えるころには、男の手に柄の短い短刀があった。


「じゃァな」


 中年の男は式言を発し、足を踏みだす。それがまた地に着くところを見た者は、誰も居ない。


◇◇◆◇◇


「この席って、僕の治癒祝いですよね。どうして僕がお店の手配をしてるんでしょうね。僕はお酒だって飲めないのに」

「ああ? 文句があんのか」

「いえ。僕がやらなきゃ、荒増さんは自分で出来ないんですねと言っただけです」


 畳に座って、ひとり一人が膳を前に。その店の奥にある座敷席は、宴会も可能な広い部屋だった。

 膳を二列に並べた差し向かいは広く、腕も脚も届く距離でない。

 也也は一人用の鍋から白ネギを箸で摘み、久遠の顔面に向け投げつけた。


「――真紫雨さんから伝言です」


 久遠の箸が空中でネギを受け止める。それを何ごともなかったように口へ運ぶと、さもうっかり忘れていたというように言葉が続けられた。


「久遠くんが居て足を運びづらかったのは分かるけど、毎日来ていたものが週に一度になると寂しい、だそうです。あと、食べ物を粗末にするなとも」

「……うるせえ」


 久遠が入院したのと同じ病院に、天原真紫雨も入院していた。六歳のあの日に全身麻痺の状態となり、今日この日にもベッドの上から動けない。

 脳波によって思いを音声化する装置が接続されていて、会話をすることは出来る。

 それを用いて久遠が聞いたところでは、治療と生命維持に莫大な費用がかかっているらしい。

 その工面の為に、天原天宮は身代を潰した。そのあとを請け負ったのが也也で、現在の収入のほとんどもそこに注ぎ込まれていると。

 話す真紫雨の声は、機械で合成されたものだ。しかし選ぶ言葉や語る間合いから、その気持ちは歴然だった。

 好意とか愛情とか。ひと言で表せばそうなるのだろうが、そういうものでないと誰もが気付く。

 真紫雨からは、そんな想いが溢れていた。


「萌花さん、白鸞の暮らしはどうですか?」

「塞護も良がっだけど、白鸞はなんでもあるすな。半年経っでも、まだ行っでねぇどごばっかしだ」


 萌花は久遠の隣に座っている。末席に座ろうとしたのを、面道が移動させたのだ。そのことを特に誰も言わなかったので、出された料理を機嫌よく頬張っている。

 年齢的には成人しているが、酒は受け付けないと言った。だから久遠と同じく、ノンアルコールの茶やジュースを飲む。

 今はサクランボのソーダが膳に載っていた。


「前のと同じようなビルならいつでもあげるから、宿舎に飽きたら言うんだよ」

「ありがてえす。んでもみんな居っがら、宿舎が楽じいす」


 塞護にあった萌花の住居は、面道の与えたものだ。纏式士を目指した萌花の頼ったのが国分家で、それから二人は姉妹のように仲を深めた。


「みんなお待たせ」


 用意された席は二箇所が空いていた。そこに座る予定の四神が先に襖を開け、最後の一人を中へ通す。


「毎日遅くまで大変ですね」

「久遠くん、労ってくれてありがとうございます。でも毎日のように生ゴミの相手をするよりは、よほどましです」

「――俺、昇格しないなぁ」


 叛乱鎮圧に際して深い事情を知る纏式士たちが、一堂に会する。それもやはり事件以降、初のことだった。

 四神が店の者に人払いを頼むと、心那は念の為に部屋を囲む結界を張った。

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