閉幕之後
第145話:帰隊スルカ遠江久遠
人と妖が共に棲まい人同士が争う土地、飛鳥。仙石統尤の叛乱に際し、白鸞の被害は軽微に終わった。
ただしそれは結果論に過ぎない。壊滅の危機と呼べる要因が複数あって、その備えが万端でなかったことは明白だ。
だが応急処置や復興を後回しにしてもそれらを最優先に追求するほど、軽い傷でもなかった。あれからおよそ半年が経った、今でもなお。
季節は移り、木々は葉を紅く染めていた。
「仙石くんの捜索は、規模を縮小するそうだよ」
「あのジジイ。往生際が悪いにもほどがある」
「ほんとに伽藍堂なの?」
所在が中央区画でなかった纏占隊の隊舎は、無傷だった。
高い塀に囲われてはいても、広大な敷地のおかげでそう感じることはあまりない。だが一同はあえて、グラウンドの端に集まった。
植えられた樹木の枝葉が影を重ねる下に、楓の営む茶屋。緋毛氈をかけた縁台が八脚、四角に囲った中にもまた毛氈が敷いてある。
給仕役は棗と茜が務めるものの、近くを通る度に国分面道のオモチャにされた。
「さあねぇ。それは僕に聞かれてもね」
肩を竦める四神八尋を、国分ともう一人がいとも冷たい視線で眺める。
伽藍堂との決戦を避けた男が、なにをしていたのか。当人は素より、心那からも新しい統括からも発表がなかった。
「吉良のおっさんの行方もだ。てめえが知らなきゃ、誰が知ってるってんだ」
その辺りのことを、荒増也也は何度聞いたか分からない。だが拷問にかけるわけにもいかず、のらりくらり躱し続ける四神から、未だ回答は得られていない。
叛乱に加わった吉良義久も、あれからの足取りが知れなかった。
「さあ。そっちは本当に知らないよ」
「そっちは?」
ならば他は知っているのかと問い詰めたところで、四神の弁は折れない。
故意に失言をしておいて、そんな冗談を真に受けるなと。そう運ばれるのは自明であるから、問答が成立しなかった。
「お揃いだな」
「これは統括。自らお出ましとは、どういう風の吹き回しです?」
「勝手に俺を、腰の重いキャラに仕立てるんじゃないよ」
空席となった統括の役職を、暫定的に請け負ったのは多之桶
同じく平時には秘書の如く付き従う筈の、心那の姿はなかった。
半壊した王殿の完全復旧には、いましばらくの時間がかかる。その間の警護を命じられているのだ。
「そろそろだろう?」
「そうね。もう着いてもいいころだけど」
多之桶が縁台に腰かけ、希望した飲み物が振る舞われたころ。一同が見るとはなしに見ていた門が開いた。
白い着物と黒い着物に身を包んだ機械人形の姉妹が、まず姿を見せる。折られた手足は新しい物に取り替えられて、以前よりもなお機敏な動きだ。
「迎えに行かないの?」
懐の深い門を、一歩。また一歩。こつこつと杖の音を鳴らして、彼はゆっくり進む。
最初に立ち上がって迎えに出たのは四神。次に多之桶。面道は立ち上がったものの、もう一人に視線を送って足を止めた。
「どんな怪我をしてようが、最後はてめえの力でどうにかするのが纏式士だ」
「――あっそ」
その堅さに目を細めかけて、面道は顔を背けた。それから息を吐いて笑うと、あらためて足を門に向ける。
荒増也也は縁台にあぐらをかいたまま、動かない。大ぶりの茶碗に出された熱い茶を、どぶろくでも浴びるように呑む。
焼いて塩を振っただけの団子も、三つをいっぺんに齧り取る。竹串にこびり付いたのを、丹念に舐り取りもした。
「みなさん、ただいま帰隊しました。ご迷惑をおかけしました」
門をくぐり終えて、しっかり敷地に入ったところで立ち止まる。
深々と頭を下げるのは、遠江久遠。それだけでバランスを崩し、倒れそうになるのを支えたのは反坂萌花。
その後ろで荷物を抱えるのは、遠江久南。
三人とも五体満足で、久遠が杖をついている他に異変は認められない。
四神と多之桶と面道と、三者三様に回復を祝い、労いの言葉をかけた。各々、久遠が礼を返すと、遠慮深げに楓たち三姉妹も傍へ寄った。
「チッ。なんだか、でかくなったんじゃねえか?」
半年の間に背が伸びたか、病院の食事がうますぎて太ったのか。荒増の零した感想は、誰の耳にも届いた様子がない。
「良かったね、萌花」
「良がっだす。復帰出来で、良がっだす……!」
口を引き締めて黙ったままだった萌花は、面道に背中を軽く叩かれて涙を落とす。最初は耐えていた泣き声も、いつしか構わず上げ始めて。
生死の狭間を彷徨う久遠が入院している間、先に回復した萌花は隊員としての初等訓練を受けていた。
ずっと付きっきりでいたいところを、週に一度。休暇の日にしか、見舞いにも行かなかった。
「あ、えっと……」
「そろそろ臍を曲げそうだよ。行ってあげれば?」
一刻ほども話が尽きなかった。見舞いに行ったところで、病院では叛乱のことを何一つ語れもしない。
事件以降、久遠と他の誰もが初めて話すようなものだった。
中でも荒増也也は、病院には行ったものの久遠の病室に足を踏み入れていない。
杖を萌花に預け、久遠はゆっくりと足を進める。多少のふらつきはあっても、痛みやおかしな動作は見えない。
一歩ずつ、体幹を調整しながら歩くような久遠の頬を、なにかがかすめた。
「細断」
触れるか触れないかのところで、飛来した竹串は縦に裂ける。
それでようやく、久遠は荒増也也の前方三歩の位置に足を止めた。
「ただいま戻りました」
「おう。飲みに行くぞ、店を探せ」
互いに笑う、にやという顔。どこか似た色がそこにあった。
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