第136話:両面ニ禍々シキ怪人

 仙石さんの押し潰された跡。いやまだ瓦礫の落ちてくるのは、治まっていないけど。

 この場を離れづらいのは、なぜなのか。彼にどうしても言いたい言葉が思い浮かぶわけでなかった。


「嫌でもどうせまた、顔を合わせることになる」

「えぇ?」

「これだけの事件の首謀者だ。埋まったから終わり、では済まんよ」


 すぐに掘り起こして、遺体を検めることになる。だから今は、目の前のことだけ考えろ。

 そう言った粗忽さん自身、肩を借りている部下に「行くぞ」と方向を指示した。

 それは伽藍堂の向かった先。きっと既に、荒増さんの戦っている場所。


「返してもらうどころか、僕が借りすぎです」

「そんなことはない。急ごうにも、私はこの体たらくだ。先に行け」

「はい、お先に」


 粗忽さんの歩みは、一歩ごとに息をつかねばならないほどだった。

 自分で決めたから。それだけで出来ることではないと思うけど、もしも僕もそうなれたら、怖いものなどなくなりそうだ。

 さすがに無理だろうなとため息を吐いて、頭を切り替える。追いつけない背中はその場に置いて、もう一人の背中を追いかけねば。

 走る僕に、プライドが問う。


「マスター。真白露をACIに迎える準備が整っています。実行しますか?」

「……いや、しない」

「了解です。プールしますので、いつでも実行命令を」


 真白露は荒増さんの友人で、僕とは関わりがない。それを勝手にACIとして使うなど、許される筈がない。

 だからその命令を実行することはあり得なくて、やめろと言ったつもりだった。保留でなく、解除しろと。

 しかしそうすると、真白露はどこへいくのか。少しの間くらいは、僕のマシナリに置くことは出来るかもしれない。

 でもその後は?

 荒増さんに、なんと聞くのか。真白露をお返ししますよ、受け取ってください――なんて。行き先がないのを承知で言えるものか。

 いや、待て。行き先はあるかもしれない。疑似生体だ。姉の身体と同じに、疑似生体を使えば生きられる。

 男の子の身体を用意するのに、どれくらいの時間がかかるのか分からないけど。真白露が耐えてきた時間を思えば、きっと僅かな話だ。

 だから終わらせなければ。伽藍堂を倒し、萌花さんを救って。


「荒増さん!」


 決意を胸に、戻ってきた司令室。入り口に、静歌と鈴歌が倒れていた。二人とも生きてはいて、じたばたと暴れる元気はあるらしい。でも両腕と両脚が折られて、身動きがとれない。


「くぅ――待ってて」


 今すぐには、どうも出来ない。二人はそのままに、中へ踏み込んだ。部屋の奥には、茅呪樹の新苗が見える。そこに荒増さんと、伽藍堂も。

 新苗は枝を細くして葉が落ちていた。一見枯れてしまったようでもあるが、防塔で見た太い血管みたいなものが強く脈打っている。

 それを見ると、枯れるどころか強い力をどんどん溜め込んでいるように思えた。


「と、遠江……来るな!」


 新苗の前に立ちはだかって、伽藍堂を押し留めている荒増さん。その口から、あの人らしからぬセリフが発せられた。

 苦しそうで、踏ん張っている脚がいつ挫けてしまうか心配になる弱さを感じる。


「あ、荒増さん! でも――」


 完全に枝となった伽藍堂の腕と、荒増さんの大太刀とで押し合う。そのすぐ傍に真白も居る。

 せめても助力をしようと、霊の衰えた彼女も伽藍堂の腕を叩く。もともと雅な風情の彼女が、姿のままという非力な女性になっていた。

 来るなと言われて、このまま見ているのか。それとも荒増さんを置いて立ち去るのか。

 どちらにせよ、伽藍堂を利することにしかならない。それでは萌花さんをも見捨て、せっかく助けた真白露にも申しわけないことになる。


「紗々! 荒増さんの援護をするよ!」

「はぁい!」


 平織りの盾を前に。縛縄紗を床と壁に。伽藍堂のほかへの備えを、慎重に用意した。

 荒増さんにも見えている筈だけど、もう声はない。微かに馬鹿野郎みたいなことは聞こえた気がするけど、そんな余裕もないらしい。


「数百年生きたとて、儂も愚かよ」


 突然、伽藍堂が言った。こちらを向いたわけでなく、でもこの場に聞く相手は僕たちしか居ない。


「プライド。霊の配置におかしなところは?」

「イエス、マスター」


 僕自身が感じている霊と、プライドの測定した霊。見せてくれたその配置に、ずれはなかった。伽藍堂と、新苗。それに周囲を覆う茅呪樹だけだ。

 ならば前だけ注意すればいい。ゆっくりと一歩を前に出る。


「天宮の子のように、そのまま喰らえば抵抗がある。しかし種として喰らえば、素直なものよ。気付かせてくれた仙石には感謝せねばな」

「まさか、荒増さんの霊を吸わせているのか!」

「……フッ」


 それで荒増さんがあれほど弱々しいのか。新苗をおとなしく渡すわけにもいかない。だからと身を盾にすれば、荒増さんの霊が新苗に吸われてしまう。


「伽藍堂、そうはさせない!」

「それにの。さすれば二人分の霊が、纏まったものとなる」


 愛刀、織南美を突きつけて走る。攻撃手段に乏しい僕の、最も強力なものはそれだから。


「そして――それはなにも二人分とは限らぬのだ!」

「なにっ!?」


 木のうろに響くような伽藍堂の声が、強く轟く。怪人は荒増さんを睨み攻め立てる顔をそのまま、こちらへも別の顔を表した。

 いやそれだけでなく、たった今まで背中だった場所に枝が伸びる。それはもちろん自由に腕として動き、僕を捕らえようと宙を走り始めた。

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