第134話:折レヌ者ト折レタ者
「真白露を引き剥がしました! 荒増さん、僕をここから出して!」
「よっしゃあ!」
馬鹿のひとつ覚えみたいに、大太刀が振り上げられる。
けれどいいのだ。それで出来るのなら、いちいち他の技術を選ぶ必要はない。身に染み付いた得意な方法で臨むべきだ。
だが結果を言えば、それは叶わなかった。大太刀が触れるより先に、伽藍堂のほうが異変を起こしたから。
「オオォォォ……」
枯れた木のように硬そうで、あちこち蔓のように柔らかい。そんな伽藍堂の身体が、どこもぴたりと動きを止めた。
それがふるふると小さく震え始め、足下から壁に、壁から天井に。部屋の全てに伝わっていく。
揺れはすぐに大地震の規模になった。粗忽さんたちは四つん這いになってでしか、転倒を回避できない。
機械人形の姉妹はつかんでいた腕を放し、泥に尻もちをつく。
荒増さんだけは、様子を窺う姿勢のまま耐えた。ただし真白が肩を支えていたが。
「……儂の核を奪うとは、非道をするものよ」
お茶を一杯いただくくらいの時間があって、ようやく揺れは治まった。
とくに何が起こったわけでもなく、低く枯れた平坦な声で伽藍堂が恨みを述べただけだ。
「ヌウゥゥゥ」
核を奪った。それが詳しくどういう意味かは知らないけども、この怪人にとって重要なものなのだろう。
それを裏付けるように、伽藍堂は不気味な呻きを発し続ける。汚い喩えだが、痰がからんでとれないみたいに。
「あ……」
やがて。伽藍堂の胸と腹が、ぼとりと落ちた。泥を撥ね上げ、混ざってしまってもう区別がつかない。
腕や脚も、背中からも、大して厚みのない肉が溶けてヘドロのように。
僕は最初に落ちた腹の肉の中に居た。胎児みたいに丸まって、泥まみれになった。
口に入った泥を吐き出しながら立ち上がると、荒増さんは首をくいっと動かして退がれと示した。
「死んだ――んですか?」
「いや、分かんねえ」
大太刀は正面に構えられたままだ。
それでなるほどと、事実を知った。伽藍堂は滅びていない。もしも滅びているなら、荒増さんはもうとどめの一撃を放っている。
「オオオオオ!」
骨だけになった両腕をだらんと垂らして、あばらも脚も骨だけの伽藍堂。
なぜかそこだけは元のままの頭。その口が、強い吹雪を思わせる唸りを鳴らす。
「あの骨……」
伽藍堂の中にあった骨格は、煤を塗ったようにどす黒かった。纏った霊の波動も、正体不明な伽藍堂そのものという感じがした。
けど、気になる。
「遠江、ボケっとしてんじゃねえ!」
「えっ!?」
真横からの気配を感じて、横飛びに逃げた。僕の立っていた場所を、丸太のような――いや丸太が通り過ぎる。
気付くと伽藍堂は、もう貧弱な骸骨姿でない。つるつるとした長細い葉を茂らせ、灰褐色の樹皮に太い幹を備えた樹木がそこにあった。
見た印象は完全に木なのに、頭はそのままで脚もある。
「樹人なの、か?」
「ちと違うな。儂は樹人であった、しかし人の姿の時は終えた。それからただ
話す間に、榧はぐんぐん大きくなる。小柄な老人という背丈だったのから、いまや荒増さんの二倍ほどに。
「あまり大きくなっても不便よの。今はこれくらいか」
ぶつぶつ言って、伽藍堂は僕たちに背を向ける。どこへ行こうというのか、完全に無防備なのが逆に手を出しにくい。
と思ったのは僕だけらしい。荒増さんの放った斬撃が、背中の樹皮を抉る。
「てめえ無視すんじゃねえよ。どこへ行こうってんだ!」
「知れたこと。このままでは儂も疲れるでな。新たな核を拾いに行くのだ」
顔だけちらとこちらを向いて、伽藍堂は言った。フッと笑い、「よもや核を引き剥がされるとは思わなんだ」とも。
驚きはしたが、大したことではない。数百年の経験からか、余裕そのものという風に。
「新たな核? ――まさか萌花さんを!」
「さすが核を奪った男。そのとおりよ」
答えるのにも、伽藍堂は足を止めない。ゆっくりとした足取りだが、一歩が僕の四倍以上もある。
「待てよジジイ!」
大胆に足下をくぐって、荒増さんは怪人の前に回った。僕も三歩ほど遅れて続く。
だが伽藍堂は、それでも止まろうとしない。上げた足の下ろす先を、ちょっと方向転換しただけだ。
「いいんですか。あの新苗から種を採らなきゃ、仙石さんの望みが叶わないんでしょう?」
そうして欲しいわけではない。でもそう言えば、足を止める理由にはなるかもと思った。
「そうだ。しかしそれはあくまで、あの男の望みよ。この件では既に、儂の目的は達しておる」
「さすが汚えな。簡単に仲間を見捨てるのか」
伽藍堂の目的は、この世とあの世の霊のバランスを保つこと。
今回の争いで、何万人分もの霊が殻から放たれた。成果として十分とは、したくはないが納得できる。
「仲間? 互いに利益を求め、契約を交わしただけよ。それに奴にはもう、その気がなさそうではないか」
言われて部屋の奥を見る。そこには仙石さんが立っていた。見外さんと鈴歌に出し抜かれた場所から、一歩も動いてはいない。
狩衣の下半身が、半分ほど赤く染まってもいた。腹の傷から流れた血だ。
程度としてはもっと重症の粗忽さんは、救急キットで血止めを終えている。対して仙石さんは、治療をしてくれる誰も居ない。
ただ疲れた表情で、視線の合った僕に嘲笑を返すだけだった。
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