第133話:意ト意ハ触レテ合ス

人工霊ティアーズ? そんなものが――』

『イエス。私、及びこの十式は、マスターによって拡張されることを前提としています。ですから私は従来のACIと異なり、意を持たない複数の霊から構築されています』


 つまりそれは、莫乃や意そのものでさえないわけだ。誰かの霊が落としていった切れ端を繋ぎ合わせたら、それがまた独立した意を持つようになった、と。

 それをプライドに聞くと、明快に「イエス」と答えがあった。


『現に私はそのように作られています。お疑いがありましたら、偉大なる技術博士マイトにご確認いただければすぐにでも――』

『い、いや。分かったよ、信じた』


 理屈っぽいのは、姉のこれまでの技術遍歴が影響しているのだろうか。まあそれはいいけれども。


『じゃあ具体的に、君にはなにが出来る? 僕は君に、なにを手伝ってもらえばいい?』

『マスター。技術博士、荒増と同じく、対象の霊を招いてください』

『……その方法は?』


 それが出来れば、手伝えとは言っていない。まさか漫才の機能まで付いているのかと思った。


『対象の霊に接触をお願いします。通常、式を用いる際と同様で結構です。そこからこちらへの道は、私が用意します』

『移動は君がやってくれるんだね。でもそれには、説得が要ると聞いたけど』


 多くの霊は、自分の意思で自由に動く。その自由にというのが曲者で、式士が思うままに操作することは出来ない。

 宙に漂っているだけの霊を、数センチ動かすことだってだ。

 だから式士の術は様々な方法で、霊と約束をする。それが式だ。


『ノー。その心配は無用です。技術博士の言葉をお借りすれば、奴のは縛り付けての拷問だが、こちらは乾いたスポンジで吸うような優しいものだ。とのことです』

『どのみち強行するんだね――』


 工学技術は、素養を持たない人が霊を見る方法や、唹迩を退ける方法を与えてきた。それがまた新たに霊の移動技術をも与えてくれる。そういうことだ。

 纏式士にも出来ないことを、どうして技術者が? と疑う気持ちはある。それでもプライドを信じようと思えるのは、やはり姉の作ったものだから。


『じゃあ早速――』


 伽藍堂の中。意識を向けると、どちらを見ても泥の中みたいに濁っていた。だけどなんだか息苦しいそこに、懐かしさのような思いも覚える。

 ともあれその正体は置いて、あの男の子を探さなければ。

 実際に移動はしないのだけど、探す感覚は歩き回ると言うのがぴったり合う。泥沼を踏んで、底に沈む石をひとつずつめくるみたいに。

 伽藍堂が呑み込んできたと思しき霊や、その残滓に声をかける。

 限りなく全てに近いほとんどが、伽藍堂の栄養を貯めるタンクみたいになっていた。言いかたを変えるなら、食い溜めした食料といったところだ。

 莫大な数の中にいくつかだけ、まだ自我を残している者も居た。いずれ狂気に冒されて、会話にもならなかったけど。


『ここか?』


 やがて泥を積み重ねた牢獄のような場所を見つけた。印象としては蟻塚に似ている。

 もちろんそこへ現実に形を持っているのでなく、伽藍堂の抱えている意を僕が見た場合はそうなるというだけだが。

 他の霊たちは纏わり付く泥に任せて、放り投げられていただけだ。もしも正気を取り戻し、外へ逃げたならそれでも良いという格好で。

 けれどもそこだけは、何か別格の厳重さを感じた。


『父上――?』


 そう言ってしまったのは誤りでなかった。

 これだけ多くの霊を取り込んでいるのだから。父の遺骨も現に奪っていたのだから。父の霊も居るのかもと、期待をしてしまったのだ。


『シク――シク――』

『君は。いや、あなたは真白露さん?』


 覗いた中には、あの時見た男の子が居た。

 幼い荒増さんを見たときの、攫われた男の子とも同じだ。


『ましなり?』


 膝を抱えて泣いている男の子は、涙を堪えられない。でも顔を上げて、僕と目を合わせてくれた。


『ましなりって、荒増さんのことですよね。すぐそこに居ますよ。会いに行きましょう』

『ましなりの匂い。お兄さん、誰?』


 必死に声を繋ぎ合わせて、僕と意志を交換してくれる。

 強い。彼の身体も、まんべんなく泥に汚れているのに。実体としての殻を持つ僕とは、比較にならないほど苦しい筈なのに。


『お兄さん? 僕が?』

『お兄さんだよ。だって大きいもの』

『そうだね――荒増さんはもっと大きいよ。君を探す為に、強くなったから』


 彼はずっと、幼い子どものままここに居た。

 天原真白露という名の彼は、天原天宮の子だという。その血筋のせいか、二十年もの時間を伽藍堂と戦ってきた。

 戦えたのだ、その小さな霊の身体で。

 涙が溢れてくる。同情したつもりはなかったのだけど。


『プライド、聞こえるかな。僕は彼を、どうしても連れて帰るよ。決めたんだ』

『イエス、マスター。お迎えの準備が整いました。既に収容可能ですが、一応は彼の気持ちも聞いて差し上げては?』


 集められた霊が、よほど達観した人たちだったのだろうか。生きている僕よりも、数段整った気遣いをプライドはする。


『真白露。僕と来るかい?』

『いいよ。お兄さん、ましなりの匂いがするもの。きっといい人だよ』


 塚が崩れる。さらさらと乾いた砂になって、辺りの泥までも白浜に変えていく。

 プライドの声が聞こえる。『収容完了しました。次のフェーズに移行します』と気遣いだけでなく、勤勉さも僕の数段上らしい。

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