第132話:姉カラノ贈リ物ノ名

「久遠。あんたにあげた十式に、必要な物は揃ってる。あとはやり方しだい……」

「次から次へと、どれだけしゃしゃり出るのか!」


 鈴歌の背に刺さったままの棘が、強引に抜かれた。金属と他のあれこれが軋む嫌な音が連なって、健気な機械人形の左腕はもげ落ちた。

 それでも怪人の腕から、離れようとはしない。たしかに伽藍堂としては、鬱陶しいにもほどがあるだろう。振るい落とす為に、鋭い棘は鈴歌の顔面を狙う。

 その棘は、また機械人形の内部を抉る不快な音を生み出した。しかも今度は、肘までも埋まってしまう――が、穿たれたのは鈴歌の顔ではなかった。


「ウヌゥ、一度ならず……!」


 棘。伽藍堂の右腕が貫いたのは、静歌の腹。しかもそれは静歌自身が、その位置に飛び込んできたのだ。

 きっと僕の筋力などとは比べものにならない腕と脚が、ゆっくりと繊維を潰す音を立てて締め付ける。

 さらに静歌はその態勢から、電磁砲までも撃とうとした。でもそれは不発に終わったが。


「久遠。あたしの子たちは、このくらい大丈夫。気にしないで、自分のやることをやりな!」


 姉の激励に、僕は答えなかった。

 いや、答えられなかった。見た目には幼い子どもに過ぎない静歌と鈴歌が、自分の身体を犠牲に時間を作ってくれているのだから。

 姉の用意してくれた十式の機能とやらを、僕は必死に探っていた。


『十式。君にはなにが出来る?』


 父に切り落とされた僕の左手。そこに姉が備えてくれた義手。その中身はマシナリで、今日その封印が解かれたばかりだ。

 動作を制御しているACIに、僕は心の内で問う。


『ようこそマスター。ここはあなたの創る世界。あなたの霊が触れるもの、あなたの霊が想うもの。どんなこともここに創りましょう』

『僕の想う――僕はここに、男の子を招待したいんだ。君以外の霊を置く場所はあるかな』


 ACIの実態は、招かれた霊だ。複雑な人間の要求を理解して、曖昧な結果を求める為に存在する。

 その性格上、必要性の上からも、ひとつのマシナリに置かれる霊はひとつ。

 けれど姉は、必要な物が揃っていると言った。ならば霊を格納する機能だって備えていると思った。


『マスター。その答えはノーです』

『そんな。だって君は、どんな場所も――』

『イエス、マスター。私は言いました。どんな場所も、創るのはマスター。あなたです』


 なるほど、これは今までにない。全く新しい発想のマシナリだ。備えられた機械機能の制御が出来るなら、新しく作ることもさせてしまえと。


『ただしマスター。私からひとつ提案をしてもよろしいでしょうか』

『提案までしてくれるの?』

『イエス。その男の子、とても強い霊のようです。可能ならば、この世界の管理者にしてはどうでしょう』


 管理者。つまり新たなACIとして迎えろと。

 それはいま話している、このACIの消滅を意味するのではないか。

 僕はただ、真白露というその子を伽藍堂から引き剥がし、次に安置するまでの場所を確保するつもりだったのに。


『そんなことをしたら――』

『優しいマスター、何度でも申しましょう。ここはあなたの望むものなら、どんなものも創れるあなたの世界』

『どんなものもって、そこまで?』

『イエス。過去に忠実である必要はありません。正しい理屈もここには存在しません。あるとすれば、あなたがこれから創るのです』


 忠実さも、正しさも、僕が創る。

 それは姉の用意したセリフなのか。きっと違うと思う。そう感じることに根拠はなかったけど、彼、いや彼女かもしれないACIの次の言葉で確信になった。


『申し遅れましたが、私は世界初の人工霊製造技術者ティアーズスクラッチャー、遠江久南による世界初の人造ACI。矜持プライドと申します』

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