第127話:荒レ狂ウ怒リノ猛撃

「恨み積もる者どもに申し付ける。意を束ね、怨念のほむら上げろ!」


 見える範囲。感じられる範囲に、唹迩や霊は見えなかった。だから意の弱い霊を支配して使うのを得意とする荒増さんは、多くの術が使えなかった――筈だ。

 なのに今は、どこからか霊が集まってくる。多寡はあっても、悪意を持った唹迩たちが。


炎舞えんぶ!」


 数十や数百ではない。数千以上の唹迩たちが、自分の悪意を燃え上がらせる。赤や青だけでなく、募らせた想いに依って色さまざまに。


「…………フッ」

「これだけの霊を、いったいどこから――」


 反応の薄い伽藍堂と違って、仙石さんは素直に驚いていた。

 己だけでは持ち得ない、強い力を喜ぶ唹迩たち。初めてナイフを手にした不良者みたいに、全能感でも味わっているのかもしれない。ぐるぐると荒増さんの周囲を踊って、その時を待っている。

 荒増さんも髪を逆立て両腕を震わせ、憤怒の形相を浮かべた闘神にさえ見えた。


疾空炎翅はやがけるほのおのはね!」


 炎に姿を変えた唹迩たちが、それぞれまた何百という数に分かれる。それがたなびく尾を引いて、謳われたとおりに空を駆けた。


「グウッ、ウヌウゥゥ!」


 軍配のように大太刀が向けられたのは、こちら。僕に憑いている伽藍堂へだ。

 顔と言わず、胸と言わず脚と言わず。身体じゅうの至るところへ炎の羽根が突き刺さる。

 まさか勢いに我を忘れて、僕の姿が見えていないのか。それとも承知でやっているのか。

 そう考えるのも切れ切れになるほど、激しい猛攻。伽藍堂も苦しげな声を擦りだして、防ごうとする手も強制的に下ろされた。


紅蓮ぐれんはし!」


 そうか。もしかして僕は、他から見ると完全に伽藍堂に取り込まれているのだ。茅呪樹の新苗に食われた萌花さんと同じに。

 彼女もこんな寒い思いをしているのか。樹人がその木と同じ特徴を持つなら、寒いのはそれほど得意ではないだろうに。

 橙に煌めく巨大な槍が、僕の腹に突き刺さった。荒増さんの大太刀は乱暴に横へ払われ、それに応じた槍が切っ先を開く。


「ウオオォォォォ――!」


 怪人の呼び名に相応しく、人間離れした悲鳴が響いた。乾いた見た目とは正反対の、陰湿な根が引き摺り出されたような重い声。

 それにおかしい。僕も一緒に攻撃を受けている筈なのに、なぜだか寒さが退いていく。


禽鳥きんちょうの狩り爪ぇ!」

「ヌウゥッ!」


 これがとどめ、なのか。獲物を狩る猛禽のように、炎を纏った荒増さん自身が襲いかかる。捕らえれば逃さないと声高に主張する爪は、燃える大太刀。

 狙ったとおり、だと思う。長大な爪が、僕もろともに伽藍堂の腹を突く。


「てめえいい加減に遠江を離しやがれ! そんな腐ったもん食ったって、腹ぁ壊すだけだ!」


 どちらの心配をしているのだか。直近まで顔を近付けた荒増さんが吠える。

 次は自分の歯で噛み付くのかという荒ぶった表情が、徐々に驚きに崩れていった。


「あなた、いい加減にしなさい。その程度が通用する筈もないでしょう」

「ああん⁉」


 これだけの霊量と霊威を両立させた式を、その程度と。仙石さんは言った。

 軽んじられた荒増さんが怒りを覚えないわけもなく、鋭い威圧の声と視線を向ける。


「ああ、荒増さん。あなたに言ったのではありません。私が言ったのは、下手な演技をしている役者のほうですよ」


 煉石と御石は、まだ動きを止めたままだ。広く包囲した粗忽さんたちへの警戒くらいしか働いていない。

 彼は動揺している。さっき荒増さんに言われたことで、葛藤を抱えている。しかしそれで伽藍堂に呼びかけるなんて、もう脱したということか。


「クフフ」


 乾ききった軽薄な音は、笑声であるらしい。

 僕にも分かっていた。仙石さんも言ったように、荒増さんの攻撃はさほどの効果を上げていない。

 必殺の一撃だった最後の突きも、皮一枚を貫いたかどうか。

 それに気付いたから、荒増さんも驚いたのだ。伽藍堂を倒す為にだけ。大切な友だちを取り戻す為のとっておきだったのに。

 これほどまでに通用しないものかと。


「えらく自信があるようだったのでな。どんなものか見てみたくもなろう? 儂も長く生きて、退屈していないと言えば嘘になる」

「この野郎――」


 突いたままだった大太刀を、荒増さんは引き寄せようとした。間合いを変えずに、もう一度打ち込むつもりだ。

 だがそれは叶わない。伽藍堂の枯れた腕が、ハンカチでも拾うみたいにそっと刃をつかむ。

 それだけで、苛立つ荒増さんがどんなに動かしても、大太刀は押すも引くも出来なくなった。


「俺は――!」

「うん? どうした。儂を殺すのではなかったか」


 振り上げた左腕も、伽藍堂がそっと出した手で止められる。それが全力を尽くしている証拠に、荒増さんの腕や額に血管が浮かんでいた。


「くそおっ! 真白露を返せ!」

「無理だな、儂の核として久しい。お主は海に落とした茶の一杯を、汲み戻せるのか?」


 嘲る伽藍堂の笑い。猛獣のような荒増さんの雄叫び。

 どちらも至近で聞く僕の耳に、またそれとは違う誰かの声が聞こえた。「なり……」と。きっと荒増さんの名を呼ぶ声が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る