第125話:要トス時ニ要ス力ヲ
幼い男の子。五、六歳だろうか。
同じくらいの女の子。白鸞や塞護といった、中央の都市で見かける感じの子どもという出で立ちの二人。随分と土や草に汚れているが。
手を繋いで――いや女の子が男の子を引き連れているのか。
女の子は泣き出しそうな顔で、けれどそれを堪えて何かを強く訴えている。
男の子の頬はもうかなり湿っていて、でも今は泣いていない。歯を食いしばって、じっとまばたきもせずにこちらを睨みつける。
二人とも、怯えに脚を震わせながら。
――ここは公園だろうか。小さな丘があって、川も見えて。いくつかの柵やベンチ以外に、人工物などほとんど見えないのどかな場所。
目の前の二人以外に、大人も子どももいくらか見える。誰もこの子たちのことを気にしていない。
もっと幼い子を連れた親子三人が、追いかけっこの風ですぐ脇を走っていく。その間もずっと女の子は叫んでいるのに。その鋭さで喉を裂いてしまいそうな声を上げ続けているのに。
誰も気付かない。
「これは儂の核に丁度良い。足さねばいつか尽きるものよ」
伽藍堂の声。僕は、伽藍堂の視界を見ているらしい。この怖ろしい怪人の、記憶を覗き見ている。
「お主らが幼く、ひ弱だから失うのだ。要とする時に足らねば、失うだけ。お主たちが今この時に弱いのは、誰でもないお主ら自身のせいよ」
伽藍堂は、自分の抱えている物に目を向けた。
男の子。ぐったりとして意識のないらしい、小さな男の子。
「ではな。命を残してやるだけでなく、教えまで説いてやった。ありがたく思うことよ」
恨みを募らせれば、この子たちも霊を動かすようになる。殺人者でも軍人でもいい、同じことだ。
あちらとこちらの霊を循環させ、バランスを保つ。伽藍堂の語った目的に、偽りはないらしい。
怪人らしく一瞬で姿を消すとかでなく、普通に背を向けて歩き去ろうとする伽藍堂。その尻辺りに、軽く柔らかい衝撃があった。
「おお、良い良い。出来れば肩にしてくれれば丁度良い」
泣き叫びながら、女の子は拳を叩きつける。
弟を返せと。連れの男の子の手は離され、両手が交互に伽藍堂の尻を殴る。
「しかし許せ。儂も忙しい」
枯れた小枝のような指が、女の子の額に伸びる。コツと軽く突いて、道化るような気軽さで弾かれた。
とりわけ華奢ということもないだろう。だが大人から見れば、それくらいの子の体格差などないようなものだ。
軽い身体が、それこそ綿の入った人形みたいに飛んでいく。
砂の浮いた地面を、女の子は滑った。男の子の足元を抜けて、五歩ほども向こうに。彼はそれを驚愕の表情で見送る。
同じ軌道を辿る緋の紐が、僅かに砂を濡らした。が、すぐに湿った土の色と混ざって分からなくなる。
鼓動と合わせて溢れる、額に出来た赤い泉。その流れが、女の子の顔と髪を染めていく。見開いた目は、もうあらぬ方向を見たまま。口元が少しばかり、酸素を求める小魚のように喘ぐ。
「一人では寂しかろう。お主も連れていくかな?」
男の子は女の子の有り様を眺めた。無防備に、時の流れから抜け落ちたように。
もののついで以上ではない伽藍堂の言葉で、ようやく敵の存在を思い出したらしい。反対の手に持っていたバケツの中から、おもちゃのスコップを握る。女の子と繋いでいた手に。
「……ほう?」
彼がなにを喚いているのか、言葉にはなっていない。きっと彼自身、なにを言えばいいのか分かっていない。
しかしなにをすべきかは分かっている。たぶん無意識だろうけれど。彼の握ったスコップに、霊が通う。
まっすぐ。男の子は渾身の武器を突き出した。全力で走って、全力で腕を振って。
それを伽藍堂は、女の子の額にしたのと同じく指一本で止める。でもそれは、ボールを捕り損ねたみたいにお手玉しかけた。
だが結局、彼の健闘はそこまでだ。唯一の武器は奪われ、その勢いで女の子の傍まで飛ばされた。
「お主もそれなりのようだ」
フッと笑って、伽藍堂は去る。あくまで歩いて、急ぐこともなく。
倒れた二人に、近くに居た大人たちが群がっていった。他の家族連れと紛れていたが、どうやら彼らのお目付け役らしい。
男の子はすぐに上体を起こしたけれど、女の子は倒れたままだ。
誰も伽藍堂を見咎める者はない。誰何の声もない。その後を見届けることなく、伽藍堂は闇に融けた。
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