第121話:覚悟ニ至ル彼ノ道筋
継統七家とは、世の誰かが無責任に並べたもの。しかし一つの真実を貫いてもいる。仙石統尤は、幼いころから繰り返しにそう言い聞かされた。
即ちそれぞれが秘伝を編み出し、正しく受け継ぐ為に存在する血統だと。
「先生! お祈りさん! 出てこ!」
決まって夜に、門を叩く声はするものだった。未だ父の腰ほどしか背丈のない統尤は、その度に飛び起きた。
だがそれは、父の仕事が信頼されている証。正しく評価されているのだと誇らしかった。
「うむ。あの集落は以前に滅ぼしたのだが、また獣人どもめ」
「また頼むべ!」
「相分かった。悉く、退治て参ろう」
仕事の場に顔を出すことは、厳しく禁じられていた。だが父への憧れと、いずれ継ぐのだという責任感とで、統尤はいつも隣室に息を潜めた。
村の住民たちは、七家などという立場を知らない。纏式士は知っているだろうが、まじないでなんでも出来るというくらいの理解だ。
式士の技には神職の祈りに似たものも多いから、父や代々の当主はお祈りさんと呼ばれている。
「たしかに頼んだがら! それまで畑のごど出来ねが仕方ね」
彼らとて頼んですぐとは思っていない。数日の内にと約束すれば、それまでは待っている。
そして父は、必ずその約束を果たして帰るのだ。
「父上。此度はどのようにされたのですか」
「うむ。やはりよそから流れてきた者たちだった。人の入らぬ沢の先に、いい土地があると教えた」
「なるほど。しかし父上、そこは以前に狼の人たちに勧めたのでは」
「よく覚えているな。しかしそれは、もっと上流だ」
父はなるべく、穏便に済むよう計らった。だから獣人と呼ばれる者たちからも、感謝されることが多かった。
しかしまた事情を知らぬ者たちは流れてくるし、その評判に誘われて訪れる者も増える。それさえもまた交渉によって、解決させる父だった。
時に世話になっているからと、土産を持参する獣人もあった。山や海の幸であったり、近く大きな山崩れが起きるとかいう情報であったり。
「ああ、お祈りさん。言われだみでに、あの狩り場だば行がねで良がっだ。昨日見だら、山の形さ変わっちまっでだ」
「それは良かった。それがしにでなく、山の霊に感謝されるとよろしい」
悲しいことだが。どうにもならぬ暴れ者がやってくることも、稀にあった。
生来その気性で、聞く耳を持たぬ者。唹迩に障ってしまった者。理由は様々だが、父はそれらにも説得を第一とする。
だがそういう者に限って、人の数倍も身体能力を携えていることは多い。
決裂すれば、本当に退治するしかない場合はある。そうして自らも傷を負っているのに、しばらくその相手の為に喪を通す父。
そんなときの背中が、統尤は最も好きだった。
「なんと――申されましたか」
「今後一切の、複人に対する討伐行為は罷りならん。唹迩に障った者あれば、処置を求めよ。中央から纏式士を送る」
統尤が十三の年。複人法が制定された。正式施行は翌年からだが、管理的な立場にある者には即時の遵守が求められた。
素より討伐は避けている。けれどもこれからは、村人たちに討伐したと言うことが出来ない。
また説得に当たって実力行使が最終手段に残せないとなると、難易度が上がる。
「父上。いくらなんでも、いまこの時からなどと。再考を申し出てみては」
「良いのだ、この律は正しい。決まるのが遅すぎたくらいだ」
父はそう言って、引き締めた顔で統尤を叱った。正しくあるには、努力が必要だ。緩めることに努めるなど、あってはならぬと。
統尤の予測は、すぐに現実となった。
「お祈りさん、また獣人どもがうろついでるべ!」
「すまぬ。お上からの達しでな、退治してはならぬと決まったのだ。なんとか迷惑をかけないように説得してみる」
「そうなんが? だども実際困るのだば、俺たづだべ。頼むべ」
最初の一、二度はそれで納得してくれたものの、その次には信用されなくなった。
「昨日と今日と、続けで畑さ荒らされだべ! どうしでぐれる!」
近代的な農法を避けているのだから、猪などに荒らされることはある。普段はその切り分けをしている筈の村人たちも、不信感からそう決めつけた。
それでもなんとか、説き伏せはする。だがこの辺りは、僻地と呼ばれる土地だ。白鸞にある王家が支配者だとか、その取り決めに従おうという意識は低い。
「正式な領地でないから、話が歪むのだ。領地でないのに実効支配の影響はあるなどと、民衆に理解出来る筈がない」
「どうして王家は、それを正さぬのでしょう」
「領地にするとなると、争いになる。獣人を害してはならぬと決めてすぐに、そんな真似も出来まい」
王家は事実を歪めたまま、実益だけを得ようとする。統尤は父の話をそのように理解した。
穏やかな共存を望む父は、獣人たちに無理な注文を出したくはない。分かってくれる者は多いが、複人法とやらが出来たのだろうと、自由な振る舞いをする者も増える。
村人たちはそもそも、獣人たちが自分たちと平等とは考えていない。
そんな状況が続けば、悲劇が起きるのは必然だった。
「統尤! 火事だ、避難しろ!」
屋敷の壁が汚されるなど、そういったことは数え切れなくなっていた。それがとうとう、火付けという行為に至った。
幸いにそれは塀の一部を焼いただけだったが、こちらから手の出しようがない以上、食い止める方法がない。
「父上。このような事態になっても、村人たちとも平穏に過ごさねばならぬのですか」
「無論だ。仙石家は、この土地の龍脈の守り手ゆえにな。我らがここを去れば、どんな災いが襲うか知れぬ」
もはや敵という言葉が相応しいのは、村人のほうではないか。そうは思っても、自分たちのせいで村が全滅すると言われては黙るしかなかった。
「あんだ、本当にお祈り出来んのが? 纏式士でねがら、あれもごれもダメだっで言われんだべ?」
「そのとおりだ。しかしあなた方も知っているように、我らは人と自然とを――」
「もういいべ」
非難が向けられていたのは、まだ頼られているうちだった。村人たちは仙石家に愛想を尽かし、山狩りをすることと決めた。
獣人たちと争っても勝てないから、頼っていたのではないのか。
彼らに怒りを感じ、父にそのまま訴えた。
「統尤。知らぬことは悪でない。その無知ゆえに、誤ることも悪でない。それを正しく導けぬ、我らが歪んでいるのだ」
「強いている王家は」
「……歪んでいる」
歩きの達者な者たち数十人が、山に入った。数日が経って戻ってきたのは数人。
ある者は髪を白くし、ある者はひと月も絶食したのかというほど頬を痩けさせていた。
「沢の向こうは、獣人だらけだ」
運が良いのか悪いのか。山狩りをした者たちは、最初に何人かの獣人を捕まえることに成功していた。
その証言で仙石家がこれまで何をしてきたのか、彼らは知ることとなった。
だが残った村人たちは、女子どもと老人だけだ。喩えようもなく深い谷を拵えて、時だけが過ぎていった。
「王手。愚かな打ち筋は、潔く捨てるべきでしたな」
愚王を弑逆する企てを持参したのは、太政官本人だった。僅かな連れを車に待たせて、父と差し向かいで将棋を指した。
既にこの時、統尤は纏占隊の一員となっている。
纏式士ならば、事態の収集をしても良い。お上の言う者たちはどんなものか、知らずに何をも言えまい。そう考えて、自ら望んだ。
なるほど式について、新たな刺激はあった。だが仙石家を差し置いて、なんでも任せられるとは思えない。
修行として悪くはなく、数年は見極めようと考えていた。けれども太政官が訪れたのは、二年目の初夏だ。
「統尤、私はこの話を断る。だがそれは、私がもうその立場にないからだ。お前がこの先を決めれば良い。仙石家のな」
仙石家のこの先。選択肢には、家を捨てることも入っていた。父と家を尊ぶ統尤が、選び取ることはなかったが。
考える猶予を求めたのが、誤りであったか定かでない。ただそれがどういう意味を持つのか、考えの至らぬ浅慮ではあった。
「我ら五名、ぜひとも将列に加えていただきたく。図々しくも参上致した」
いつの時代かと見紛うような言上を述べた者たちが居た。出世を望めぬ下級貴族のせがれたちで、その上に紛争までなくなっては家を大きくすることが出来ない。
最上位に居る者が、下位の者たちに窮屈さを強いる。それもまた歪みだ。
「分かりました。しかしあなた方、それをどこで?」
「蛇の道という奴ですな」
リーダー格の男はそう言いつつ、北の方角に視線を送る。
予感はなく、衝撃ではあった。仙石家が叛乱の首班である事実はどこかで出来上がって、男たちは父を訪ねたのだ。
しかし納得した。父は心を病んだのだと。弱ってしまう理由があって、十分に戦った。そのことを責める気にはなれない。
駄目押しとなったのは、税のことだろう。獣人たちにも、直接的には税を払ってこなかった村人たちにも、どう話せばいいのかと悩んでいた。
「……父は強い。しかし今の時代を生きるには足りなかった」
統尤は父の評価を、そう定めた。ならば自分はそうならぬように。もしも最強などと呼ばれる身になれば、同じ轍を踏むことはないだろう。
そんな自分が、新しい仕組みを創ることが出来れば。少なくとも歪んだ方向に煮詰まった今よりも、良い世界になる。
覚悟を決めた統尤の前に、一人の老人が現れる。
「そなた、勝つ術を求めてはおらんかな?」
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