第十幕:則天去死

第122話:決戦ニ臨ム者残レリ

 初手から出た裏切り者五人を捕縛したという、国分さんからのメッセージ。それは非常回線による制限もあって、直接的かつ大雑把だった。


「白鸞を取り巻く茅呪樹を枯らすには、親株である塞護の茅呪樹を滅するしかない、と」

「どうあっても仙石と、あの怪人をどうになせねばならんということだ」


 粗忽さんの念を押した二人について、そうしないという選択肢はない。だが闘志を燃やした風の粗忽さんと、僕は反対の表情をしていたに違いない。


「――この時代にこの国に仕えた以上、やりたくないで済まないことはある」

「分かっています」

「さて、どうかな」


 その言いかたは、粗忽さんにしては平坦だった。声を張るでなく、吐き捨てるようにでもなく。


「どう、と言うと?」

「もしも。もしもどうしても、君が自分の手を汚したくないと言うなら。今回に限って、私が手伝ってもいい。つまり君の脚を二、三本も折って、強制退場させる」


 これは脅しでも冗談でもないらしい。誰も不利益を被らない為の裏工作には違いないが、必要な手続きとして行う。粗忽さんの乾いた口調と、茅呪樹の新苗に一瞬向けられた視線がそうと示していた。

 紗々が敏感に僕を守ろうと動きかけて、手で制する。


「ただしその場合。この件が片付いたらすぐ、君には公職から去ってもらう。君に纏式士の任は重いと私は判断するし、責任を分かち合う者に迷惑だ」


 衛士として既に何度か、聞かなかったことにしてくれている部分があるのだと思う。先だっての貸しとやらを、返してくれているのかもしれない。

 だがこの場での対応は、ここに居るみんなだけでなく、愚王の安全を守ることに直結してしまった。

 さっきと今では、状況が違うのだ。


「分かっていますよ――僕がどうにかします」

「そうか。信じる、とは言っておこう」


 僕の胸の内を突き通すような視線がようやく切られて、粗忽さんは監視モニターに顔を向けた。


「しかし、いい兆しもある」


 瓦礫の山と化した塞護の街。その大小の瓦礫の隙間に、あちこち動く影が見える。粗忽さんが何かに気付いて望遠を指示すると、その一つが拡大された。

 映ったのは兵部卿と、側近の数名。兵部のトップであるその人が、自ら熱線銃を持って前進している。

 と、その銃口がこちらを向く。射撃動作があった次の瞬間、映像は途切れた。


「そうですね。ここに伝わってくる振動も、さっきまでとは違います」


 新苗の成長が、ほとんど止まったというほど遅くなっている。煉石の攻撃は全くなくなって、茅呪樹本体による揺さぶりも最後に行われたのは少し前だ。


「奴かな」

「ええ、他に思い当たりません」


 霊の探知も難しい中、どうやって位置を知ったのか。方法は分からないが、きっと荒増さんたちだ。


「奴の援護をするのと、独自に茅呪樹を滅ぼす方法を探すのと、どちらが良いと思う?」

「援護、ですか――いえなんでも。そうですね、剪定ばさみよりも大鎌のほうが手間は少ないかなと思います」


 すぐに答えた僕を、粗忽さんは訝しげに見る。茅呪樹を滅ぼす手段について、あっけなく答えたからだと思う。

 それはイコールで、新苗を滅ぼすことなのかもしれない。でもそうなる前に、荒増さんや四神さんなら、対処法を持っているかもしれない。

 自分でどうにかする。と言った舌の根の乾かないうちに、僕はあの人たちを頼ってしまっていた。


「まあ……否定する理由はないな」


 怒りを堪えたというか、何か言いたげな表情を切り替えて、粗忽さんは部下たちに指示を出した。新苗に取り込まれた搗割から、使える資材を速やかに回収せよと。

 作業は二分ほどで終わり、仙石さんの追ってきていたほうの扉が開けられた。樹皮で反響しにくくなっている通路に、戦闘の音が僅かに響いている。


「荒事は奴に任せるとしよう。茅呪樹と仙石。それに伽藍堂だけが、どうやら敵ではない」

「国分さんの言っていた件ですか」

「そうだ」 


 藤堂さんを始めとした、自分から仙石さんの配下に加わった人たち。その多くは下級貴族や、武装関連の中小企業に縁故があると国分さんは言った。

 複人法による大規模な紛争の極端な減少によって、武功を立てる機会も失われること。その手の製品の需要が下がること。その反発というのは、分からないでもない。

 でも専制国家の王家に刃を向ければ、一族郎党すべて根絶やし――となるのは容易に想像がつく。

 新たな方針に転換して成功しつつある貴族や企業も少なくない中、そこまで思い切るものだろうか。

 だとしたら安易すぎないか。と考えてしまうのは、僕がその辺りに明るくないせいなのかもしれない。


「これより敵の首魁、仙石と伽藍堂の捕縛。若しくは討伐を行う!」


 ここまで一人の損耗もなく生き残った粗忽さんの部下たちが、声を揃えて返答する。力強いが、細かな傷や疲労は隠せない。


「全隊、前進!」


 迷いなく進み始めた彼らに着いて、僕も進む。けれど一度止まって、振り向いた。


「萌花さん。待っていてください」


 自分ではなんの当てもないその言葉を、言うのでなかったと僕は悔やむ。

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