第119話:起死回生ノ謎ヲ解ケ
その問いは、僕が霊を吸われてきっと瀕死になることが無視されていた。
まあそれ自体はいい。それで粗忽さんたちが助かって、この事態が収拾されるのなら。
しかしそのとき、萌花さんはどうなるのか。植物には種を実らせて滅びるものと、そうでないものがある。
「計画を頓挫させるには至らないと思います。でも数時間から数日の、時間稼ぎにはなるでしょうね」
「つまりその間、奴らは立て直しをする必要がある?」
「そう思います。でも、萌花さんの安全が保証されない限りは協力出来ませんが」
そんな保証など、この場の誰にも出来ない。分かっていても、僕にはそうとしか言えなかった。
これは粗忽さんたちの命よりも、萌花さんの命を選択したということだ。もしもそれを粗忽さんに問われたなら、僕はなんと答えたのだろう。
けれども粗忽さんは、そこに言及はしなかった。
「分かった。いい方法を考えたと思ったんだが、諦めよう」
そこでふと気付いた。相変わらず部屋全体を揺らす衝撃はあるものの、煉石の攻撃が全くなくなった。
「紗々。敵はどうなった?」
「分かりませんけど、見てきましょうかぁ?」
「――いや君ひとりで行かせるのは危ない」
紗々はとても優秀な式徨だ。練り上げた僕が言っては、手前味噌になるが。
それでも一人であの仙石さんの偵察に行かせるなど、思いもよらない。素直に危険だと思って言ったのだけど、紗々はなんだかとても嬉しそうに礼を言った。
「主さまに大切にされて、嬉しいですよぅ。でも紗々にもお務めをさせてくださいな」
「いやそれは――」
はりきるのに水を差すのは気が引ける。言葉を選んでいると、「隊長!」と粗忽さんを呼ぶ声があった。
「なんだ。白鸞と連絡がとれたか」
「いえ、そうではないのですが。よく分からない通信が」
その隊員は司令室に来てからずっと、通信関係の操作卓に張り付いていた。言葉どおりに、不審げな顔で場所を譲る。
そのこともまた、おかしな話なのだ。部屋じゅうほとんどどこにでも映像を流せるというのに、通信管理用のモニターを直に見せるというのは。
「なんだ、文字通信?」
「非常回線です。エアリとスネイクが死んでも、有線のこれだけは生き残るという」
「そんなものを誰が――」
非常回線では、世界共通の文字と記号しか使えない。纏式士になってすぐに渡された、その手の教科書に載っていただけで、使われているのを見るのは初めてだ。
「うん? カタコトか――と、お、え、く、お、ん、に、れ、ん、ら、く、こ、う」
「遠江久遠に連絡乞う? 僕宛てですか」
「そのようだ」
飛鳥に住む人の中で、遠江久遠という名は僕以外に居ない。僕がいま、この司令室はおろか、塞護に居ることさえ知っている人は限られる筈だが。
「――えぇと。これどうやって打つんです?」
さらに場所を譲ってもらった僕は、文字を打つのに使うらしい専用のキーボードに頭を抱える。文字の配置がめちゃくちゃで、一文字探すのにも数十秒くらいかかりそうだ。
「代わりに打ってやれ」
「あ、どうも――遠江久遠、本人です。どなたですか? なにか用ですか?」
さらにさらに、元の隊員に場所を譲った。その人は僕が言った内容を、言い終えるのとほとんど変わらず打ち終える。
「返信だ。本人なら、この問いに答えよ」
「ええ? 念入りですね」
隊員の目の前のモニターを、僕と粗忽さんも覗き込む。真っ黒な画面に簡素な白い文字が音もなく羅列されていくのは、不思議な感じがする。
「と、ざ――閉ざされた荒野から、宝を三つ盗んだ。それは何か、私は誰か」
「謎かけでしょうか。なにかの比喩のように思います」
問いの文章を読んだ粗忽さんと、部下の隊員は首を捻る。それはそうだ、ヒントもなしにこんなものを読んでも、見当がつかない。
だが僕には、とても簡単だった。なぜその人から、こんな方法で連絡があるのかは分からないけど。
「答えをお願いします。宝は、シャーベット。この人は、国分面道さんです!」
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