第118話:彼ノ狙ヒハ極大ニ及
「仙石。一つの都市を滅ぼし、討伐部隊も壊滅させたと聞いた。その手腕は怖ろしいものだ。しかし君が、本懐を果たすことはない」
仙石さんの声と同じに、粗忽さんの声も響いた。ここは司令室。当然に放送設備くらいはある。
「何者かは知りませんが、失敬な」
「おや名乗っていなかったか、失礼した。私は衛士府衛士特越隊。及び塞護支部長の粗忽という」
「なるほど、あなたがそうでしたか。どうりで図面にも載っていない通路に詳しい筈だ」
仙石さんはやはり、基本的に真面目でいい人なのだと思う。粗忽さんが話している間には、煉獄の攻撃がない。
「なぜ果たせないのか、塞護支部長の見解をお聞かせいただけますかね」
「知れたこと。我ら一隊と、新人の纏式士と拮抗するようではな。奥の手の一つや二つあるのかもしれんが、たかが知れている」
その指摘の前半は当たっているのだろうけど、後半は外れている。
仙石さん単独では、彼自身の自由な行動を担保出来ない。それは荒増さんと四神さん、それに機械人形の姉妹が証明した。
「それはたしかに。だが奥の手の部分を、侮ってもらっては困る。私は既に、世界をこの手に握っているも同然なのだから」
「世界を?」
「それはもう遠江さんに話しました。彼に聞くといい」
聞いた。聞いたけど。既に握っている?
「仙石さん! 僕が聞いたのは、まだ準備段階という話でしたよ!」
「そのとおりですよ。本格運用するには、ね。私は失敗という言葉が嫌いでして、試験運用はもうやってみたのですよ」
――なんてことだ。あんな計画を引き合いに出されては、誰も何も言えなくなってしまう。
「遠江くん。どういうことだ。奴はなにを言っている?」
「三角形です――」
「三角?」
「式術では、図形そのものから力を得られます。円は変化とその停滞、四角は安定。三角は、負荷。平たく言えば攻撃に向いています」
聞いたことはある。と粗忽さんは言うものの、そんな怖れるほどの三角形がどこにあるのか。そこには全く予測がついていないらしい。
「任意に好きな場所を三つ結ぶとでも言うなら、各国の都市を囲むことも出来るだろうが。そうではないのだろう?」
「もちろんです。式術の式とは、そのまま順番のこと。順番とは手順です。それがなければ、なにも現象は起きません」
「するとどこだ。今回被害があった、白鸞と塞護。それにどこか近くの都市を加えたとして、世界をどうこうなど出来るのか」
粗忽さんの予測は、合っている。
しかし同時に、間違ってもいる。三角形を描くのに選ぶのは、最も遠い場所だ。
「
「なに?」
「白鸞と塞護。正確にはそこに根付いた茅呪樹を頂点として、もう一つをこの惑星の反対側に置く。それが仙石さんの三角形です」
三角形を描くと聞いて、僕も地表と平行に大きくすることを考えた。しかし彼の計画は、地表と垂直。
僕たちの住むこの惑星。蒼天の中核を通る三角形を描くこと。
図形の大きさと、そこに送られる霊の強さ。それによって影響も大きくなる。仙石さんの計画は、この星そのものの破壊を質に取ることだ。
「……そんなことが可能なのか」
「図形が大きくなれば、その安定した動作は難しくなります。でも星の中核をちょっと引っ掻くくらいなら、きっと僕にも出来ます」
ただし強い怨念を蓄えた、屍鬼でも使うならだ。しかし姉の頭骨は鈴歌が持っている筈。こちらの予測が正しいなら、父の頭骨は白鸞にある。
そこまでを伝えると、粗忽さんは「なんだ」と不敵に笑う。
「ならば、やはりハッタリか!」
「他にも用意してるのかもねぇ」
あっさり否定したのは、見外さんだ。思わぬ方向から梯子を外されて、粗忽さんは不満を隠さない。
「他にも? そんな物が、そんじょそこらに――」
「人を恨みながら死んだ人なんて、教科書にいくらでも載ってるよ千引ちゃん」
それはそうだ。少し調べれば、その墓がどこにあるのかもすぐに分かる。その為に昔から、そういう首は首塚などに祀ったりするのだ。少しでも怨念を抑える為に。
「どうします?」
「どうもこうも――」
即断即決の印象が強い粗忽さんにも、さすがに迷いの色が見えた。
まさか三角形を完成させる為に星を破壊するなどと、本末転倒なことはしないと思うが。だがそれを可能にする為の手段は、まだ隠し持っている可能性が高い。
「いや待て。結局、遠江くんの役どころはなんなんだ?」
「僕が、萌花さん――あの新苗に霊を注ぐと種が出来るんだそうです。それが最後の頂点になるとか」
それならやはり新苗をどうにかしよう。そう言い出す気がした。もしもそうなら予告したように、僕は萌花さんを守ることに集中する。
だがそれを避ける為に、嘘を吐くのは違うと思った。
「ふむ。二つ聞きたいんだが」
「はい?」
「どうしてそこまで、君に拘る?」
「それは、よく分かりません。霊の質がいい、というようなことは言われましたが」
これには相槌もなかった。代わりに三拍ほど何か考えている様子があって、二つ目の質問がされる。
「ここで奴の手が届かないうちに、その種を破壊したらどうなる?」
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