第114話:其処ニ在ル為ノ理由

「緊急降車!」


 グレーの濃淡で迷彩された搗割が、目の前を駆け抜けた。両側面にある可動壁は開ききって、そこから衛士たちが飛び降りる。

 最後に降りたのが粗忽さん。地面にぐるっと一回転しただけで、その場に立ち上がった。


「接敵、至近! 構え、撃て!」


 矢継ぎ早に、射撃の命令が下る。七人の部下たちは、自由射撃をしながら隊列を整えていった。


「遠江くん、無事か!」

「あ、粗忽さん――」


 衛士たちは呼吸の合った単発射撃で、牽制を続ける。その背中越しに敵の姿を睨めつつ、粗忽さんは僕の脇に駆け寄った。

 僕はなんともない。でも萌花さんは、動かすことさえ出来ない姿だ。

 なんとかするどころか、そんな萌花さんに励まされていた自分が恥ずかしくて俯いた。


「ん――これはまずいな。熱線銃!」

「了解!」


 部下の一人が射撃をやめて、腰に予備武器として持っていた小型の熱線銃を取り出す。「切り取れ」と、簡単げに下された指示には耳を疑った。


「いや、それは」


 と僕が制止の声を出したときには、もう足元の根に何度か試し撃ちが行われていた。たぶん萌花さんが痛がったりしないか、様子を見たのだと思う。

 それで問題ないと見るや、その隊員は躊躇いなく、土ごと根を焼き切った。返す刀で、頭上部分も。


「ぐぅ――」


 支えがなくなって、萌花さんは横倒しになりかける。それを粗忽さんは、危なげなく抱えた。


「君の術で、どうにかなりそうか?」

「あ、え……どうして」


 そのままゆっくり地面に横たえた粗忽さんは、力強い視線で僕を見据える。目くらましのライトを向けられたかと思うような、眩しい視線だ。


「ふむ、とりあえず難しいようだな。仕方がない、彼女を見ているくらいはしてくれ」


 状況的にも、位置的にも、ここは敵の中枢だ。こんな場所へどうやって、なにをしに来たのか。

 僕たちが居ることは見外さんから聞いたのかもしれないが、さっきの今だ。なぜこんなにも迷いなく動けるのか。

 揺れる感情にまた疑問が注がれて、僕はなにも答えられない。しかしそれを粗忽さんは、待ってはくれなかった。

 すぐに視線を外して、すくと立ち上がる。同時に腰に手を向けて、携えられていた武器を外した。


「ここは私の城だ」

「え――?」

「雇われだがな」


 そのふた言の間だけで、折りたたみ式の弓は組み上がる。重そうな鏃が矢の先に付けられて、即座に放たれた。

 ッゴォォ。通常炸薬の何倍も大きな炎が膨れて、仙石さんの居る辺りを黒煙に封じ込めた。

 数秒が経ってもそれは衰えず、むしろその辺りの空気を吸い込むような音と共に、より激しく燃えた。


「留守をしている間に、部下たちと城そのものを盗まれた間抜けだ。しかし私の城を、私が取り戻しに来て悪い道理はなかろう?」


 もう一度同じ矢が撃ち込まれる。粗忽さんは素早くバイザーを下ろし、また素早く上げた。たぶん、霊を見たのだ。

 仙石さんは炎から身を守る体勢だけど、それほどダメージを負った様子はない。


「撤収する、全員乗車ぁ!」


 怒声に逆らって射撃を続ける人は居ない。射撃準備姿勢に戻って、あっという間もなく乗車が完了する。さっきの熱線銃の隊員は、萌花さんを抱えてだ。


「君もだ、早く」

「はっ、はい」


 先を行く粗忽さんに手を引かれて、というかほとんど投げ込まれる形で、僕も搗割に乗る。

 するとすぐに搗割は走り始めた。また最後になった粗忽さんは、まだ片足を地面に付けているのに。

 例によって搗割は、閉ざされた扉など無視して突き進む。


「ん、どうした」

「いえ、なんでも――それより見外さんが」


 急いでいるのは分かるけど、あとほんの一秒ほどだ。どうして待たなかったのか。運転をしている人に疑問を持った。

 それがこの隊の倣いなら、僕が聞くことではない。それでなんとなく車内を見回して、見外さんが居ないことに気が付いた。


「ああ、あいつは前だ」

「前?」


 搗割の前席には、たしか三人が座れる。でもわざわざこの状況下、前に乗らなくても。


「うん。たしかにあいつはよそ見ばかりしていて、面白いトラブルを招いてくれる」


 面白い、というのは逆の意味なのだろう。顔にヒクッと、怒りの色が走る。


「だがあいつには、特技が二つあってな。その一つが運転だ。車でもバイクでも船でも、なんでもこいだ」

「なるほど――」


 幼馴染だからこその絶妙の呼吸と信頼、か。そうなると僕が口出し出来ることはなにもない。いや元々そうだけど。


「もう一つの特技は、よそ見だ」

「よそ見が特技ですか――」


 車両の後方を映したモニターを、粗忽さんは覗き込む。常になにかを破壊しながら進んでいるような衝撃に、びくともしない。


「そうだ。あいつのよそ見は自分だけでなく、他人にもさせるんだよ」

「他人に?」

「どうもあいつの血には、妖が混ざってるらしくてな。霊驗れいげんというやつだ」


 茅呪樹が霊を操れるのと同様に、特殊な現象を起こせる妖は多い。それを僕たちは、霊驗と呼ぶ。

 きっとそれが仙石さんや伽藍堂にさえ、見外さんの存在を気付かせなかったのだ。


「そんなこと、勝手に僕に話して……」


 問いかけたときに、搗割は急停止した。危うく舌を噛みきりそうだったが、なんとか躱す。


「千引ちゃん、着いたよ」

「指示が遅れる、事前に言え。全員降車!」


 スピーカーから見外さんの声がした。粗忽さんは即座に命令を下して、可動壁はちょうど開く。

 そこは仙石さんに連れられて通った、司令室だ。元居た衛士たちは、拘束されて隅に追いやられている。そこに銃を向けていた衛士の二人が、粗忽さんと合図を交した。


「籠城する。隔壁下ろせ!」

「あの、粗忽さん――」

「君は口が堅そうだ。だから私の判断で、話していいと思った」


 隊員たちが忙しく動く中、場違いな質問だとは思った。でもこのままでは、僕は見外さんにどんな顔をすればいいのか分からない。


「だとしても、どうして僕に」


 場違いなら、この場限りにしよう。我ながら妙な踏ん切りをつけて聞く。

 でもそれを粗忽さんは、迷惑そうにも不思議そうにもせず、真面目に答えてくれる。


「そうだな――はっきりしたことは私にも分からないが。君はなんだか迷っているみたいに見えた」

「……ええ」

「大過は、自分にしか出来ないことをしてくれる。この司令室を占拠する下準備もあいつだ」


 仙石さんや伽藍堂にも通用する、強力な霊驗。それを持ってしても、たった一人でそんなことをして、そんなことをさせる。

 信頼という言葉だけで片付けていいとは思えなかった。


「見ろ。私は奴らに、たいした指示は与えていない。それでもそれぞれ、やるべきことをやっている」


 見外さん以下、隊員たちは司令室のシステムを動かし、あるいは隔壁の補強をしたりしている。

 そこのところは普段の習熟もあるがな、と粗忽さんは言うけれど、僕ならいちいち「これをやればいいですか」と聞きそうだ。


「間違っていたら、私が鉄拳で教えてやる。だから奴らはそれでいい」


 話す間も、粗忽さんの監視は緩んでいない。ちょっと迷っていそうな隊員には、目配せで判断を与える。


「中でも大過は、なにより一番に私を案じてくれる。幼馴染という事実を抜きにしても、その気持ちがあれば、私もあいつを守ってやろうと思える」


 僕に伝えたいことはなにか。そのはっきりしたところを、粗忽さんは言わない。


「これも他の隊員には言うなよ。妬かれると困る」

「了解です――」


 それで言いたいことは終わったらしい。にやり笑い、「システムは使えるか!」と大声で問いながら行ってしまった。

 もやもやとした気持ちが、余計に増したような。晴れ間がどこかに見えたような。

 もどかしく思う視界が、地響きを立てて揺れた。

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