第103話:其ノ内ニ危キヲ秘メ

 二人は鞠のように跳ねて、ふた手に分かれた。白い鞠は直線で仙石さんに、黒い鞠は彼の右手側に逸れて側面から襲いかかる。


「くぅっ、子ども⁉ いや――」


 すらっとしている仙石さんに比べて、二人は頭二つ分以上も背が低い。そのおかげ、なのかは知らないけども、素早い動きを追いきれなかったようだ。

 小さく舌打ちをした仙石さんは、もう姉の頭骨を持っていなかった。


「そのとおり、彼女たちは機械人形だからね。霊を見ていたのでは見逃してしまうよ」


 機械人形は、霊を持たない。纏式士は霊の動きを読むから、そういった相手への反応が遅れてしまう。

 産みの親の骨を取り返した彼女たちは、入ってきた穴のところへと戻った。しかしそれはもう塞がっていて、そこからの脱出を即座に諦めたらしい鈴歌は、白っぽい布で骨を包んだ。

 しっかりと腰に結わえると、鈴歌は大きく口を開ける。

 僕も彼女たちの喋るのを聞いたことはない。そもそも話せるのかも疑問だが。


「アァッ!」

「ぐうっ!!」


 声。と呼ぶのは、ちょっと違う気がした。

 拡声装置で音量を上げすぎたときの反響音。近いものを探すと、そんな雰囲気だ。

 なんにせよ、大きな音には違いない。だからと「うるせえな!」などと、誰かを怒らせる程度としか僕は感じなかった。

 両耳を押さえて、苦痛に顔をしかめる仙石さんの姿は、予想外だ。


「どうやら鈴歌ちゃんには、音響兵器が仕込まれてるみたいだねぇ」

「お、音響兵器?」


 超指向性を持たせた音で対象を殺傷、あるいは破壊する。教科書的な資料で読んだことがある程度の知識を思い出している間に、足の止まった仙石さんは次の攻撃を受けていた。

 鈴歌はそのまま、音による攻撃を緩めない。そこへもう一方の静歌が、左腕をまっすぐ伸ばして仙石さんに狙いをつける。

 手の平を突き出すその姿勢から、目立った音も動きもない。だが気付くと、仙石さんの背後の壁に指を数本分ほどの穴が空いている。

 それから僅かな吸気音と、風切り音が耳に届く。


電磁砲レールガン……」


 それ自体は殺傷力を持たない金属などの塊を、電磁加速によって高速で発射する電磁砲。戦闘車両である甲式には当然のようにあるけれども、こんな小さな身体に積み込めるような代物なのか?


「音速を超える弾を、よくも避けるものだねぇ」

「種が知れてしまえば、わけはない。音は式で散らしてしまえば良いし――」


 最初のダメージなどなかったように、仙石さんは素早く動いた。普通の人なら、姿が消えたと思うくらい。

 彼の腕が、鈴歌の口に伸びた。音を塞いで、なおかつ床に叩きつけようとする格好だ。


「弾は速いが、発射までが遅すぎる!」


 そう看破した言葉ごと撃ち抜こうというのか、静歌は仙石さんの斜め後ろから電磁砲を放つ。

 今度は間違いなく、仙石さんの姿を弾が捉えた。が、それは幻影。正確には自分の居た場所に、霊の配置パターンそのままを置き去りにする技だ。


「なるほど。機械人形の目も、纏式士と同じということですね」


 後ろを取った筈の静歌は、さらに後ろを取られた。後頭部に蹴りをくらって、鈴歌に抱きつくように倒れ込む。

 折り重なった二人。上になった静歌の背中へ、打刀が向けられる。そのまま突くことも可能だが、仙石さんは煉石にとどめを任せた。

 間髪を入れずに、巨大な手が降ってくる。仙石さんも僕たちも、残らず範囲に入っている。なのに衝撃を受けたのは静歌の背中。

 彼女が手と膝をつく床に、放射状の裂け目が走った。


「むっ!」


 そこで気付いたらしい。仙石さんは、鈴歌の攻撃から身を守る為に、音を阻害する式を使っている。

 つまり今の彼には、

 いまの煉石の攻撃でダメージを受けたのは静歌だけだ。その下に居た鈴歌は既に抜け出して、仙石さんの背後を三度取り返した。


ぅっ!」


 たくさんの鈴を付けた錫杖。その尖った石突が、仙石さんの肩を刺している。忌々しいという視線を傷口に投げて、彼は二人から距離を離した。


「大した傷ではないが――よくやってくれたものです。認めましょう、この場は私に分が悪い。四神さんの仰ったように、他にもやることがありますしね」


 言って打刀が、上を示した。煉石の両手がそっと掬い上げて、仙石さんを高いところへ連れ去っていく。


「てめえ、待ちやがれ!」


 間違いなく三下のセリフを放った荒増さんは、大太刀を頭上に切りつけようとした。でもすんでのところで留まって、乱暴に振るうと背中にそれを戻す。

 やがて仙石さんの霊は、茅呪樹の霊に阻まれて見えなくなった。


「二人とも、大丈夫?」


 鈴歌は全く以て平気そうだ。問題は静歌だけど、立ち上がった彼女は動きがぎこちない。脚の関節を傷めてしまったようだけど、当人は問題ないと手を振って示す。


「なんとか大丈夫そうだね」

「そうみたいです。それにしても、よくここまで来れましたね」


 二人の心配をしてくれた四神さんと、荒増さんは茅呪樹を調べようとしていた。冷たいなと思わなくもなかったが、そういう場合でもないと飲み込んだ。


「道案内は残してきたから。ほら、ガリガリっとね」

「ガリガリ? って、枝で引っ掻いてたあれですか」


 ずっと飽きもせず続けていて、いやに長続きする童心だと思っていたら。それはあんな武器まで載せられた、二人のことだ。普通の人間には見分けられない引っ掻き傷でも、追いかけることなんて造作もないのだろう。


「さて。俺たちを残していったってことは、好きにしていいってことだよな」


 ダメだと言ったって勝手にやる人が、白々しくそんなことを言った。同意を求めてさえいない。聞いているかも分からない相手に、皮肉として言っているだけだ。

 意図しているのは明白で、邪魔をする人の居なくなったいま、茅呪樹を切り倒そうというのだ。


「そうだね。探し物も、もう一つはきっと白鸞だし。これを切り倒せば、依頼は半分くらい終わるね」

「白鸞に?」


 探し物の残りは、父の遺骨全て。それがどうして白鸞にあると知れるのか、僕には察せない。


「そいつがここにあったんだから、あっちも同じに決まってるだろうが」

「あっち? 同じ?」


 物分かりの悪い僕に、苛とした態度が溢れている。だからってそんな雑な説明をされても――ああ、同じなのか。


「白鸞の茅呪樹を育てるのにも、屍鬼が使われたってことですね。納得です」


 いくら妖でも、一夜にしてあれほど巨大な建物と同化するのは理解し難かった。でも屍鬼となった父の遺骨が利用されているのなら、そういうことも出来るのかもしれない。


「でも也也」

「ああ?」

「その猶予もなくなったみたいだよ」

「ああ、馬鹿に合わせたおかげでな」


 なんのことだ、と。周囲を感じ取る感覚を、広げてみた。

 そこに見えた霊に、僕は絶句する。霊の配置は、普通の人と似たようなものだ。しかしその濃さが違う。

 仙石さんの霊は、このホールを埋め尽くす巨大なものだったけど、これはそれとも違った。

 小さなボールに、はち切れる寸前まで空気を詰め込んだ。そんな危うい霊を、おもむろながらも無造作にその人物はこちらへ運んでくる。

 通路も扉もない、床の下から。

 

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