第102話:思フ処ハ一様ニ非ズ
荒増さんの挑発が、仙石さんの態度を少し冷めさせた気がする。宣戦布告のあのとき以外に、極端な激高はそもそも見たことがないけれども。
「それはもちろん。どんな技も必殺の一撃となるようなら、あなたも最強などと
「随分こだわるもんだな。そんなに欲しいか、最強なんてくだらねえ呼び名が」
「――笑止」
絶冬がそこにだけ吐息を吹いたみたいに、仙石さんの視線は冷たい。発した言葉とうらはらの、笑みどころかどんな感情も失せた顔が引き締まる。
「私とて、そのような俗な称号などどうでもいい。けれど世の中には、それで動く事態もあるのですよ。くだらぬことですがね」
「なに――?」
気になる言葉。だが荒増さんが問い返したところで、仙石さんはそれ以上を語るつもりはないようだった。
意思を通じ合わせているのか、ただ睨み合っているのか、当事者にしか分からない時間が静かに流れていく。
それから。口の中に溜まった唾を、二度も飲み込んだあとだった。
――ドォン。と、爆発音が遠くに響く。
この場の誰も、そちらに向ける意識は最小限だ。互いに一瞬の油断が、命取りになる相手。その中でも何が起こったか、探らないわけにもいかない。
つまりそれは僕たちだけでなく、仙石さんもそうだった。通信素子がそこにあるらしく、耳の後ろに指を添えて何か話している。
「甲が到着したようだよ」
「なにを自身が手配したかのように言っているんです? あなたがたの本隊が外壁に取り付いただけでしょうに」
「そうだよ。でもそれは、君の弱点を衝く事態だと思うけどね」
ついさっき、四神さんは甲と乙がどうとか言っていた。仙石さんの言うとおりなら、たしかに四神さんの手柄とかではない。
それはともかく、弱点とは。
屍鬼による増強がされているとはいえ、それも式術のうちだ。その為に荒増さんと四神さんという二人の手練れが抑え込まれて、僕などは員数外となっている。
そんな仙石さんに弱点があるなんて、想像だにしなかった。
「弱点? それがあなたがたを有利にさせる何かだと言うなら、ぜひとも教えていたたきたい。私には心当たりがないものでね」
「そうだねぇ。まずは二つ、かな」
「ほう?」
四神さんの右手は小太刀を握ったまま、器用に指を二本立てた。
そんなことを言って、気を逸らそうという魂胆だろうか。荒増さんがなにやら式符を用意しているのは、仙石さんも気付いていると思うけど。
「一つ。君は一人だ」
たくさんの反逆者を味方につけて、これだけの事態を引き起こした張本人。それを捕まえて一人とは。
仙石さんも意味を測りかねて、首を傾げた。
「一人? ……ああ、なるほど。私以外に指揮を執る者が居ないと。それはそうです。だがそれは、あなたがたに分けてあげられる時間が短くなったと、そういうことでしかありません!」
荒増さんの鼻先に、床が盛り上がって壁を作る。ちょうど背丈ほどのそれは、静止の意図を示す以上のものではなかった。
ノックをして「ふん」と鼻で笑う荒増さんに、仙石さんはまた蔑む視線を送る。
「お一人で逃げる算段ですか?」
じりじりと僕たちから、仙石さんからも距離を取っていた荒増さん。あの人に限って、敵を目の前に自分だけが逃げるなんてことはないと思う。
でも向かっていたのは、僕たちの入ってきた通路の方向だ。いつの間にか閉じて、どこがそうだか分からなくなっているけども。
「いや? 弱点を教えてほしいと、殊勝に頼まれたからな。叶えてやろうと思ってな」
「ほう? そこに何があると言うんです」
霊を見れば、そこが茅呪樹の樹皮に覆われた床や壁以外の何物でもないと分かる。さっき用意していた式符でさえ、まだ荒増さんの手の中だ。
当然にそれは仙石さんも承知の筈で、言っていることはハッタリ、真の狙いは別にあるとバレてしまっている。
「こいつをここに貼れば、望みを叶えてやれるんだがな」
「なんの式符だか知りませんが、やってみればよろしい」
式符に刻んだ式を発動させることで、一定の術を使うことは出来る。でもたった今マシナリから排出しただけのそれでは、限界がある。例えば長年、霊を蓄積させた特殊な
そうでないことも、丸分かりだ。
「ただし。それ以上の小細工を見過ごすほど、私は興を解さない」
「はっ。面白味のなさそうな生き方だな」
強力な式術を使う為の、ブースター代わりにするようなやり方もある。でもそれは式符の起動をしてから本命の式を紡ぐ、という二段階の構築が必要だ。
仙石さんならそれが完成するよりも早く、煉石なりで攻撃が可能だ。
「しかしまあ、やっぱりてめえの望んだことだ。後悔するなよ」
最後に捨てゼリフを言って、荒増さんが結んだのは剣印。それは多くの場合で、対象に攻撃的な意を用いる為に使う。
「乙の到着だよ!」
「忘れよ、己の意の在り方を!」
反対方向に居た四神さんが、合図を送る。すると式符の貼られた壁に、亀裂が走って砕け散る。
荒増さんが用いた式符と式言は、すぐに修復される壁に、僅かな間だけ役割りを忘れさせるものだった。
それが完成するまでのほんの一瞬、身じろぎするように傷を埋めようとした壁は動きを止めた。
「静歌! 鈴歌!」
穴を空けた何者か。穴から飛び出してきた、白と黒の小さな身体。
それは姉の作った機械人形。静歌と鈴歌の二人だった。
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