第100話:想像ヲ外レタ出来事
これが死後の世界なのか。
なんて一瞬、考えた。他の景色を覆い隠す白い光。それが今度は、大きな何かに遮られる。
「おっと危ない。遠江さんは私の招いた客です。闖入者である、あなた方とは違う」
無防備だったいまの僕なら、確実に命を落としていた荒増さんの破軍。僕を守ってくれたのは、床からせり上がった壁だった。
床、というか。その下の地面が盛り上がったような土の壁。どうやらこれは、打刀を抜いた仙石さんの技らしい。ゆっくりと、平面に戻っていく。
「也也、君らしくないミスだね」
「ああ――ちっとまずいな」
「修正は?」
「何もしなくていいならやるが」
「まあ、そうだよね」
珍しく、しまった失敗したと表情に出ている荒増さん。決して血迷ったのでないと理解している四神さん。
そしてどうやら、皮肉げな薄笑いの仙石さんも。なぜ僕が攻撃されたのか、分かっているらしい。
「纏式士は纏式士に技を見せることを嫌い、単独行動が多い。これがその理由ですよ」
「これが?」
そんなにも僕は、不明な顔をしていただろうか。いや、僕に言っていると見せて荒増さんのミスを嘲っているらしい。仙石さんの嘲笑は視線となって、そちらに向いていた。
「鬼、はご存知ですよね」
「明確な悪意を持つ妖のこと。それに似た、悪意を持つ殻のある存在全て、ですよね」
「おや。あなたのお父上も先輩方も、そこだけは教えていないんですか」
一足す一を教わっていない。そんな空気を持つ言いかただった。纏式士に、これと決まった教科書はない。それでも知っていて当然の基本なのに、僕は知らなかった。と、そういうことらしい。
「数多の鬼を、滅すは叶わず。尽く散じて道を示し、大河の如く霊を流すべし。仙石の家ではそう教えられていますが、聞いたことはありませんか」
「鬼は滅せず――大河の如く霊を……?」
記憶に引っかかるものがあった。どこかで聞いた、その記憶がなかなか浮かんでこない。
父の言葉を総ざらいするように思い起こしても、そこにはなかった。もちろん僕が忘れているとしたら、顔向けも出来ないが。
じゃあ荒増さんか。あの人からそんな道理めいたことを教わってなんか。
「……あ」
「間違いなく教えたってんだよ」
あの時だ。荒増さんが絽羅を殺した日。その時、その直後。半狂乱になった僕を蔑むように「気を散らせ、血を流せ」と、たしかに覚えている。
あれはまさか、「鬼を散らせ、霊を流せ」だったのか。雑念ばかりに気を取られず、本筋を見ろと。
荒増さんがそんなことを言っていたなんて、とても認め難い。
「纏式士は霊を感じ、霊を見て術を使う。一つの霊に慣れてしまうと、知らず己の式にそれを混ぜてしまう。だから仲が良いからと、複数で行動すれば同士討ちになるんですよ」
「でも今までそんなことは――」
なかった。荒増さんは言わずもがな。僕だって離れた相手に対して式を放ったのは、数え切れない。
「そこは荒増さんの器用さに感心すべきですね。普通は一旦その状態になれば、少なくとも数日以上は抜け出せない。何かリフレッシュするコツでも、独自に持っているのでしょう。修正というのがそうでしょうか?」
「荒増さんが……」
誰かに配慮するなんてことはなく、ただ暴れ回るだけの人。稀に例外はあっても、単に気紛れの産物でしかない。
そう考えていたのは、どうも誤りであるらしい。当人を見ると、「ああん?」なんて睨み返された。
「荒増さん。僕はいくつか、勘違いをしていたみたいです。でも」
「うるせえ」
「でも、あなたが絽羅を殺した事実だけは曲がらない」
「うるせえっつってんだろが。俺を憎もうがどうしようが、てめえの勝手だ」
そうですねと返事をしたけど、もう取り合ってくれそうにない。
まあ本人がそう言うのだから、それでいいのだろうと思うことにした。ただし次に話す機会が出来たら、なぜなのかもう一度だけ聞いてみることも決めた。
「愁秋、まだかい?」
「マスター。甲乙は間もなく。丙は試行中です」
「なるほど、引き続き頼むよ」
「イエス、マスター」
僕には大した攻撃手段がなく、荒増さんは手詰まり。すると期待は、四神さんしか居ない。
でも小太刀は抜かれているのに、嵐夏も絶冬も呼ばれていなかった。マシナリとの会話を聞くと、何かを待っているようだけど。
「なんの小細工ですか、四神さん。あなたと私の力量差は、もう明確な筈ですが」
「そうかもしれないけど。仙石くん、情報は常に確認しないとね」
「ハッタリは結構です。問いに答えよ、
巨大な茅呪樹を抱く、広いホール。その床一面が、ぎゅっと震えた。仙石さんの呼びかけは、式徨に対してだ。するとまさか、この部屋そのものがそうだというのか。こんなにも大きな意の塊なんて、見たことがない。
そうとしか思えない予想を、必死に打ち消そうとしてしまうのは恐怖の為か。天を衝くような巨人の登場を思い描く。
しかし予想は外れた。それも、悪い方向に。
「これが――これが仙石さんの式徨
⁉」
「そうなんだよ。まともにやり合おうなんて、馬鹿らしいだろう?」
前回すぐに降参をしたという四神さんは、さすがに驚かない。僕なら何度見ても目を疑いそうだが。
床に突き出たのは五本の指。ホール全体を片手の平に収めるほどの腕が、まさに天を引きずり落とそうとせんばかり伸び上がった。
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