第99話:其ノ一ツハ此処ニ有

 この通路もやはり、茅呪樹に覆われている。強い霊に阻まれて、壁や床の向こうがどうなっているのか、全く窺い知れない。


「仙石さん!」


 駆けて追い付いて、萌花さんの消えた理由を知っているだろう人を呼び止める。

 でも彼は、ちらと顔を動かして、視界の端に僕を認めたくらいだった。僕が何を問おうとしたのか、知っている。その上で答えない。


「どうしたんだい?」

「萌花さんが居なくなって……」

「――たしかに」


 代わりに四神さんが聞いて、振り返った。荒増さんは小さく舌打ちをしていて、やはり気付かなかったのだと思う。


「すぐに探すのは難しいし、君まで孤立するのはまずい」


 この二人に気付かれず、人ひとりを拐う。そんな芸当の出来る誰かが居るとは、思いもよらなかった。

 だから自分が対処出来なかったのも、仕方がない。

 頭にそんな言いわけが浮かんでくるのを、忌わしく思う。他の誰に出来なくとも、自分が出来れば問題はなかったのだ。

 知らず唇を噛んでいたのも、悔しがるポーズに思えて恥ずかしくなった。


「ええ、分かってます――」


 何も考えないように歩いて、十分くらい。途中いくつもあった交叉点は折れず、進路も概ね真っ直ぐだった。突き当たりに、中央から左右に開く扉がある。

 他よりも厳重そうなその扉の向こうは、どうなっているのか。見取り図を見なくとも、予想がついている。

 周囲何十キロにも及んで撒き散らされる霊の大元。それがこの扉一枚で、目隠し出来ていることのほうが不思議だ。


「まずは紹介しましょう。この土地に根付いた茅呪樹を」


 パネルを操作して、仙石さんは扉を開けた。多少の気圧差があったみたいで、中から弱い風が流れてすぐにやむ。


「これは……」

「やあ、近くで見ると壮観だね」


 この建物の天井を突き破って伸びた様は、遠目に見ていた。だから目新しさはない筈なのに、息を呑んでしまう。

 この為にあつらえたような中央ホールの真ん中に、それは生えている。

 僕が十人以上も並んでようやくというくらいの幅を持ち、色と言えば黒と濃い焦げ茶くらいしか見つけられない。

 太い腕が地面に掴みかかるような太い根が八方に行き渡って、その間にも脈打つ細い根が数え切れない。

 その太さも高さも、壮観という感想に異論はない。でも僕には、まず最初の言葉としてそれは出てこなかった。

 僕が感じたのは、生命力だ。それも、ただここに立っているだけで精気を吸い取られそうな、強烈な生への執着。

 森で若木を見るような、清々しいものでは到底ない。禍々しさだけでも、喉を詰まらせそうな錯覚に囚われる。


「仙石さん。案内してくれるのは、遺骨のところだった筈ですよ。それに萌花さんのことも、説明はあるんでしょうか」


 彼はまた答えない。茅呪樹の傍まで歩み寄って、工芸品の手触りを確かめるように触れる。


「ああ、すまねえな。うちの馬鹿が、トンチンカンなことを言って」

「構いません。客人が、知らずに作法を誤ったとして、誰が憤りますか」


 なんだ。何を間違えた?

 戸惑う僕をよそに、荒増さんは肩に載せていた大太刀を構え直す。四神さんも二本の小太刀を抜いて、荒増さんから横方向に距離を取り始めた。


「私は妙な小細工などしませんよ。ここに遺骨はあります。ただ、一つだけですがね」


 茅呪樹を撫でていた手が、ポンと軽く叩いた。すると細かな凹凸があるだけだったそこに、空洞が出来る。それはみるみる広がって、仙石さんが立って入れるほどの道を空けた。

 それは、邪教の祭壇のようでもあった。血を透かした色に照らされた奥に、人の頭蓋骨が見える。


「あれは――」

「久南さんの頭骨だね」


 僕にとって姉とは何だったろう。とても世話になったと、他人であっても感じられる思いしかない。

 なのに気付くと、僕の脚は前に動いていた。取り戻せと依頼されたからとか、そんなことは意識していないのに。


「久遠くん!」


 鋭く呼ばれて、我に返った。腕の太さほどの根が、目の前に迫る。


「細断!」


 腹にめり込む。「ぐ、ぅ……」と、荒増さんの蹴りにも匹敵する衝撃に声が出ない。僕はその場に膝を折って、反吐を撒く。

 剣印を結び、式を紡ぐのは間に合った。しかし僕の放った霊の刃は、茅呪樹の根に撥ね返された。


臨罪抹滅りんざいまつめつ。怒号阡鈞――破軍の太刀!」


 聞き覚えのある式言。見覚えのある白銀の籠目紋。大太刀でなく大鉈の誤りではと思うような、破壊の意に満ちた霊が飛ばされる。

 先手必勝。一瀉千里。

 ややこしいことはぶっとばしてから考えるのが常套という、荒増さんの大技。

 それはなぜか、僕を目がけて突き進む。

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