第98話:穢レシハ悉ク殲滅ス

「なにを再生するんですか。今の王家が気に入らないから、自分が王になって、王家をってことですか」


 再生と言うなら、既にある何かを作り直すということだ。僕の知る限り、国の在り方について仙石さんが影響を与えるようなことは、それしかない。


「馬鹿なことを。たしかに私の血には、王家のそれが混ざっているらしい。しかしそのようなもの、穢らわしいだけです」

「じゃあまず、てめえが再生すればいいんじゃねぇか?」


 どんなときにも挑発を忘れない。荒増さんの声には、厳しい睨みが返る。


「再生の順番ですか。式士として、考えるべき点だとは認めましょう。ただしやはりそれは、まず滅びるべきが王家であり、次にはその周囲だと断じざるを得ない」

「どうしてそうなるのか、お聞かせ願いたいものだね」


 相手がどうであれ、気に入らなければ叩き潰す。そんな荒増さんとは違う、四神さんの細い目がさらに細まった。


「正しくないからです」


 正しさ。

 お腹が減るのは食べてないからだ、くらいに当たり前だと。仙石さんの態度が物語る。

 その言葉は僕の胸をざわめかせた。全ては正しくあるべきと、他はどうあれ、そこにだけは同調してしまう。


「ことの起こりは、王位の簒奪を持ちかけられたことです」

「それはまた、随分と大胆ですね――誰がそんな」

「そこは、ある高官としておきますよ。彼は私の家に赴き、父にそれを告げた。父は断りましたが、望むならとその話を私に振り向けた」


 僕たちは見合ったその場に、立ち尽くしていた。それぞれ奇襲をかける機会はあったのに、そうしなかったのだから今さらだ。

 しかし仙石さんは、止めていた足を動かし始める。長い奥行きを散歩するみたいに、ゆっくりと。


「私は愚王に期待していた。本当ですよ。だが話に聞いた討王と同じに、その立場を追われる羽目に陥った」

「それはどんな権力者にだってあることさ。飛鳥だけでなく、他の国でもね」

「当然です。既にある物を掠めるしか考えられない、愚鈍な者が存在するのも知っています」


 遠ざかっていた仙石さんは、そこで振り向いた。今度はさっきの位置に向けて、また同じ調子で歩く。


「ですから調べました。王殿の作成した記録も、そうでないことも」


 仙石さんは、縁者に頼んだりするだけでなく、自分でも調査したのだろう。こちらに何を話すべきか、深く記憶を掘り返す風に遠くを見つつ、丁寧に言葉を積み重ねる。


「何か、出てきたかい?」

「いいえ」

「いいえ?」


 問うた四神さんも、意外だという反応をした。それは僕も、何か見つけたからこその事態だと思っていた。

 だから思わず、聞いてしまう。


「いいえって。何もないのにクーデターを起こしたって言うんですか」

んですよ」

「どういうことです――?」


 元居た位置を通り過ぎて、仙石さんは反対方向へ歩いていく。声に感情は平坦で、話している以外にもある筈の意図が読めない。


「あの複人法ふくじんほうを施行して以降、目立った政策はない。それまでと変わらない、起こった事案に場当たり的に動くだけでした」

「そりゃあ、そんなに急には――」

「その代わりに。調べたおかげで、分かったこともあります。話を持ちかけてきた高官もそうでしたが、新しい法への対応に必要だと私腹を肥やす細工をしている者の多いこと」


 ああ。分かってしまった。

 僕にはよく分かる。正しさには条件がある。正しさを説く人には、一定の資質が要る。


「結論を言いましょう。愚王の理想は良し。だが弱すぎる。武力でも論説でもいいですが、事を起こして成す為には、推し進めるだけの力が必要です。それがない正しさなど、寝床の夢を語るのと同じだ」


 語調は少し強くなった。でもやはり、感情は消されている。


「何を再生するのか、でしたね。この国の全てですよ」

「王家だけでなく、公職に就く人全てが汚れていると言いたいのかな?」

「違いますよ」


 そう、違う。どんな誤りや失敗も、やり直しせる段階に限界がある。


「樽に作った酒へ汚水を落とせば、それは全て汚水となる。汚水に清い酒を落としても、酒には戻らない」

「樽ごと交換しろってことか」

「おや。さすが破壊することには理解が早いようですね、荒増さん」


 樽ごと。この国の枠組み全て。そこには国の崩壊だけでなく、国民も含まれる。汚れてしまった酒も入れ換えねば、新しい酒を作ることは出来ない。


「てめえのやりたいことは分かった。出来るもんなら勝手にやりやがれ」


 抜いたままだった大太刀が、歩いていく仙石さんの背中に向けられる。

 目で見ていなくても、それくらいの動作は気付く筈だ。茅呪樹に囲まれた外はともかく、中の霊は見えるのだから。しかし仙石さんは、構う様子がない。


「こっちも勝手に、てめえを叩きのめす。その前に聞かせてもらうことはあるがな」

「分かっています。遠江久流と遠江久南の遺骨でしょう? ちょうど案内をしようと思っていた」


 タイミングを計ったみたいに、仙石さんはちょうど扉の前に止まった。操作パネルに触れて、扉を開く。


「どうぞ、こちらです」

「どうする?」

「探すのは面倒くせえ」


 四神さんと荒増さんの相談はひと言ずつで終わって、もう通路に入ってしまった仙石さんのあとを追い始める。

 四神さんが振り向いて、「意見を聞かずにごめんね」と言ってくれるのがむず痒い。


「萌花さん?」

「……怖えなこご」

「あの人たちと離れると、余計に危ないですよ」

「んだすな」


 少し身震いしている萌花さんに気付いて、背を押した。彼女は走って四神さんを追い、僕も数歩を遅れて続いた。

 仙石さんの言い分を否定する根拠が何もなくて、どうにも立ち位置が見つからない。


「あれ――」


 扉が開いたままの通路に入ると、すぐ先に居る筈の萌花さんが見えない。二十歩ほども向こうに、荒増さんと四神さんは見えるのに。


「萌花さん?」


 両手を広げて二人並べるくらいに広い通路。しかしその壁に、曲がり角や扉はない。萌花さんからの返事もない。

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