第97話:問ヒ質シタル真意ハ

 圧迫感をなくす為か、高い天井。内側から見ると外壁の全面が透明になっていたのも、きっと同じ理由だ。

 いまやそれが、大掛かりな鈍色の檻と化してしまった。こうなるとその高さも、脱出を拒む為の嫌がらせとしか思えなくなる。


「仙石くん、のこのこと来てあげたよ! 僕たちは、どうすればいいかな!」


 四神さんの張った声が響く。僕たちの居る空間にはまだ奥があるのだけど、その反響からすると完全に閉じ込められているらしい。


「返事がねえなっ!」


 大太刀が抜きざま、外壁に切りつけられた。霊を纏った刃が、内と外とを繋いだ。

 が、それはすぐに。「すぐに」なんて言う猶予もなく閉ざされた。白鸞の防塔が、傷付けられても修復されたのと同じに。

 修復された部分を皮切りにして、人工の壁面が段々と樹皮へと変化していく。


「食っでるべ……」

「残念でしたね。あと数秒も早ければ、私がまだ『待て』をさせていたのに」


 どこかにある出力装置から、さっきと同じく仙石さんの声。もう建物全体が茅呪樹に侵食されたのだろう、この空間の外のことがまるで分からない。


「近くに居るなら、ツラぁ出せよ」

「出ていくのは構いませんが、わざわざ招いたんです。こちらにも用件がある」

「言やぁいいだろうが」

「そうですか。では少々お待ちを」


 その会話に続いて、「なにを余計な心配してやがる」なんて言ったのも荒増さんだ。これにはさすがに僕も四神さんも、自覚がないのかと目を見張った。

 待っている間に、周囲はすっかり隙間なく、樹皮に囲われた。例外として、いくつかある扉の操作パネルだけは元のままだ。

 その内の一つが小さく、解錠の合図をポーンと鳴らした。するともちろん、その箇所の扉が開く。可動部がメキメキと、樹皮の捲れる音を立てた。


「やあ、お待たせしました。あの兵部卿なら、闇雲に突進してくると思っていたのに。未だじりじりと距離を縮めるだけでして、暇をしていたんです」

「へえ? 誰か献策でもしたのかな」

「くだらねえ話はいい。用件てのを早く言え」


 腰には打刀と脇差。殻は藤色の狩衣に、白と黒に色の分かれた羽織。改革をしようとする人が凶事を示唆するとは、矛盾していないか。

 最初に見たときは、そうも思った。でも少し考えて、きっとこの国を終わらせるという強い意志の表れなのだと気付いた。


「あなたこそ。その尊大な態度は変わらないものですか」

「尊大? これでも最近は、我ながらおとなしくなっちまったと反省してるとこなんだがな」


 互いが互いを見下すように、冷たい視線と言葉が交差する。

 自己抑制の権化みたいな仙石さんと、得手勝手が人の姿をしたような荒増さん。粗忽さんとも相性が悪いと思ったけど、初めて見るこの組み合わせは最悪だ。


「……まあいいでしょう。私の要件は、先も言いましたが遠江さん。あなたを同志に迎えることです。もちろん反坂さんも歓迎します」


 心変わりはありませんか。なんて、気楽に勧誘してくれる。朱鷺城で言われてから、大した時間も経っていないのに。むしろ今だけは、荒増さんを応援したい気分なくらいだ。


「いくつか思うこともありまして。それも分からずに、おいそれと返答も出来ませんかね」

「と言うと?」

「僕の姉と、父のことです」


 こちらの行動を追っていたくせに、また白々しい反応をする。そう思ったのだけど、仙石さんは本当に思案顔という表情で、当意即妙、打てば響くような答えがない。


「――いや失礼。あなたのご家族、正確にはその遺骨について心当たりはある。しかしそれを、あなたが知ったというのが解せなかったのです」

「姉の骨は朱鷺城の帰りに。父のことは、統括控から聞きました。そちらの誰かに知らされたとかではないですよ」

「そうですか、まあそれはいい。こちらのゴタゴタです」


 吉良さんのこともそうだったけど、どうも一枚岩とはいっていないらしい。

 意志の強さをそのまま形にしたみたいな、吊り上がった切れ長の目。しかしそれは、すぐさま思考の淵から戻ってくる。


「つまり遺骨について合点がいけば、話も変わると?」


 あちらに寝返るのはないと思うけど、仙石さんへの見かたは定まる。ただしそれには、他にも条件が必要だ。

 それを僕が聞いていいものか。僭越ではないか。

 四神さんに視線を送ると、微笑みと頷きがあった。萌花さんは心配そうに、そこらじゅうを見回し続ける。

 最後に荒増さんは、あごをくいっと動かして「とっとと聞け」とばかりに、僕の行動を促す。


「あなたの側についた人たちの話を聞きました。朱鷺城の唹迩たちの意にも触れました。吉良家と仙石家と、討王の因縁も」

「――おやおや。随分とお喋り好きが多いものですね」


 やはりこれも、皆まで承知というわけではないらしい。だが些細なことだと示しているのか、フッと仙石さんの口元が緩む。


「あなたは、差別された人や力を持たない人の味方をしたいと言った。なのに僕から見れば、あなたがやっているのはその反対ばかりだ」


 昔のことなど知らない。ただそこに住んでいるだけの、白鸞や塞護の住民を虐殺した。そこに言いわけの一つもあるのか、僕は声を強く放つ。


「仙石さん。あなたはいったい、なにがしたいんだ!」


 すぐに答えはなかった。だが答えに困っている風でもない。微笑みにも至らない僅かな笑みを残したまま、悠然とした表情が僕に押し付けられる。


「……知れたこと。言ったように、私は別に支配者になりたいわけではない。再生には破壊が必要、と。そういうことです」

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