第96話:遂ニ突入ス敵ノ只中

 吉良さんと会った場所で、既に塞護の中央区画に至っていた。それからまた進んで、もう統合庁舎は目の前というところだ。

 その僕たちと、吉良さんは行動を共にしてはくれなかった。


「今さら五百年前の恨みとか言ってもな。俺自身がそうされたわけじゃねェ。それよりも何となく、この土の下に眠ってる奴らを、そのままにしてほしいんだよ。伽藍堂にしても仙石にしても、そういう無茶をするなってのが俺の出した条件だ」


 吉良義伝の守れなかった、配下や民たちを安んじる。その為に仙石さんの邪魔はしないと、吉良さんは叛乱の側に立った。

 ふんわりした理由で悪いなと言っていたけど、そんなことはない。

 どんな唹迩だって、いつか浄化されたいものだ。彼らの抱える意を乱すことをすれば、それは遠くなってしまう。


「じゃあ、あの大量の工事人たちは何だったんでしょう」


 苦しい政治を強いられていたとは言え、吉良さんの話から悪政を敷いていたとは思えなかった。

 でも僕たちの見た、数万にも及ぶ唹迩たちは現実だ。ご丁寧に、作業を強制する役人のような人まで居た。


「吉良さんが嘘を吐いた。ってことになるだろうね」

「嘘を? そんな風には見えませんでしたが……」


 四神さんは、直接それを見ていない。でも地下を探索しているときに、それらしい大量の霊群を感じたと言った。


「誰かを騙す為の嘘。嘘の為の嘘。だいたい嘘っていうのはその二つなんだけど、知らずに吐く嘘っていうのもある」

「知らずにって。それは、うっかりしていたとかミスの範疇なんじゃ?」

「さて、どうだろう。あれだけ下の人たちを思う領主が、その事実をうっすらとでも気付かないものかな」


 自分が守るべき弱い人たち。僕はそんなものを抱えたことがない。だから想像も難しいのだけど、四神さんの言うとおりだとしたら。

 本当に全く気付かなかったなら、下の人たちを思っていたというのが嘘になる。するとあの話のあちこちに齟齬が出る。


「――はっきりそうとは知らないけど、気付かない振りをしていた?」

「じゃないかな、と僕は思うよ」


 壁に削られる木の棒が、ガリガリと音を立て続ける。随分短くなったそれを、四神さんはとうとう捨てた。


「露見した悪事より後ろめたい恥のほうが、誰しも気になるものさ。さあ、着いたよ」


 電磁ロックのかかった扉が、目の前を塞ぐ。でも粗忽さんの見取り図には、それも解き方が示されていた。


「パスコードを――」

「久遠さん、なした?」

「コードが、無効化されているみたいです」


 考えてみれば当たり前だった。セキュリティーに知識のある粗忽さんを狙って失敗したなら、セキュリティーのほうを変えればいい。


「まあそうだろうね。也也」

「るせえな、俺は便利屋じゃねぇんだよ」


 毒づきはしても、どうにかしなければ荒増さんも通れない。ひと言を投げつけただけで、すぐに作業にかかった。

 さすがの荒増さんも、都市規模の隠し通路となると手間取るのだろうか。いつもはどれだけ長くても一分ほどのクラッキングに、三分近く費やした。


「手こずらせやがって」

「難しかったのかい?」

「ダミーが多く――教えてやらねぇよ」


 すうっと。もしも破壊するとなったら、僕では不可能な重い扉が開く。その向こうには、塞護の街の通りがあった。


「あれ? そのまま統合庁舎に続いてるのかと思ったのに」


 素直な感想を述べた僕の腹へ、軽く蹴りが入る。軽いとは荒増さんにとって、であって。僕の腹にはなかなかの衝撃だ。


「ぐっ――」

「地図を読み違えるな。死ぬぞ」


 その助言は正しいけど、蹴りなしでは言えないものか。込み上げる吐き気を堪えて、文句を言い返すことも出来ない。

 見取り図を見直すと、目の前に通りの下をくぐる通路があるらしい。これは隠されたものでなく、一般の人も普通に使えるよう設けられたものだ。

 どうやら僕は、それを通路が続いていると読み違えた。


「久遠さん、大丈夫が?」

「也也、頼むよ」

「ちったあ自分でやれよ」


 心配してくれる萌花さんをよそに、荒増さんは大太刀で扉の接していた壁を切りつける。正確には、電磁ロックの稼働部分だ。

 扉やその周囲の壁がいくら頑丈でも、隠れている施錠装置まではそうでない。エラー音を一瞬鳴らして、すぐに沈黙した。


「これでここから侵入したことが丸分かりですね」

「そうなんが⁉」

「いや残念ながら、それは無用の心配だよ。ここまで僕たちは、なぜだか泳がされていただけだ」

「ああ、それはそうですね――」


 侵入路はいくつもあった。一度は脱出に使ったところを戻ってくるなんて、普通は予想しない。

 それでも吉良さんは、自ら待ち受けていた。機械的な監視をしていたのか、式士としての術なのかは知らないけれども。


「ぐだぐだしてねぇで行くぞ」


 地下通路をくぐって、通りの反対にある統合庁舎の壁に取り付く。当たり前なのだけど、人影は見当たらない。これは当たり前でなく、霊の姿さえ見当たらない。

 空は晴れている筈なのに、濁った血の色をしている。


「敵地だからね。理由を考えても仕方ないよ。対処可能かだけ判断すべきだね」

「分かりました」


 そんなことを言っている間に、また荒増さんが隠し扉を開けてくれる。これも施錠装置を破壊して、四人揃って足を踏み入れた。


「ようこそ」


 と。頭上から仙石さんの声が降ってくる。普通に音響設備くらいあるのだけども、やはり察知していたらしい。

 僕たちの後ろでは、動かなくした扉もカバーするシャッターが高速で降りた。

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