第八幕:眼光炯炯

第95話:其ノ先ハ誰モ知ラヌ

 何かそういう仕事でもすればいいと思うほど、吉良さんの話はうまかった。僕自身が五百年前に居るように引き込まれて、それが終わった今、いいお芝居を見せてもらったという感覚になっている。

 でもその話は物語でなく、現実にあったのだ。知った名前も含まれていた。


「吉良さんがこの土地の領主で、失脚した討王を逃がした――?」

「その領主も失脚したんだがな」

「しかも逃亡先が仙石家ですか」


 理解はしてもまだ受け止めきれていない僕の問いに、吉良さんは律儀に頷いてくれる。普段はどちらかというと、いいようにしといてくれなんて言いがちな人が。


「そのことを、仙石くん自身は?」

「さァな、はっきりと聞いたことはねェ。だが俺を誘うのに、朱鷺城を持ち出した」

「では全て知っていると見るべきですね」


 四神さんへの返答は曖昧だった。でもこれは本当に知らないから、知っている事実だけを言ったようだ。だとすれば逆に信用度は高い。


「でも、だったらどうなんです? いまさら討王の仇討ちですか」


 歴史の教科書には、討王は失脚して行方知れずと載っている。その裏側が知れたのはすごいことだと思う。しかしだからと言って、それが今の状況にどう関わるのか。

 聞けば討王の失脚は、愚王と同じ理想を掲げたことに依ると。それならその仇討ちは、むしろ愚王に協力することと言えるかもしれないくらいだ。


「久遠くん。討王は、どうして逃げたんだろうね」

「えっ? そりゃあ、追われたからでしょう。王位を奪われたら、すぐではなくてもいつか殺されるのが相場です」

「それはそうだね。でもそうじゃなくて、逃げてどうしたいのかだよ」


 逃げたあと。また教科書を持ち出せば、討王はその後の歴史に登場しない。

 これはいま四神さんに言われて、そうだと思い返したのだけど。でも無意識に、討王は特に何もしなかったと僕は考えていたのかも。

 何かをした? すぐには想像できなくて、思わず吉良さんに顔を向けてしまう。


「いや。俺のご先祖は、途中で正気を取り戻してな。仙石家には行かなかったんだそうだ」

「どうなったんです?」


 期待に反して、吉良さんは首を横に振った。


「すっかり平らになっちまった領地を見て、おかしくなったらしい。それが良かったんだか、自決ってことにもならなかったみてェだがな」


 それはそうかと思う。でなければ、吉良さんはここに居ない。だがそうすると、事実も知らないわけだ。

 四神さんだって初耳のようだから、考える材料はある筈なのだけど。


「難しく考える必要はないよ。久遠くんが何かに挑戦して、失敗したらどうするかって話だ」

「それは、もう一度挑戦するんじゃないでしょうか」


 考える手間もなく答えて、ようやく分かった。争いに敗れて失脚したなら、いつかまた同じことをやり返そうとする。

 討王はそこまでの力を回復出来なかったのか、それとも居場所を突き止められたのか、そうはならなかったようだけど。


「そうだよ。諦める、という選択肢もあるけどね」


 なるほど、と分かった気になった。でもまた、それでは現状と結び付かないことに思い至る。

 北の土地で、のんびり暮らしましたとさ。で、終わりになってしまう。


「もう一度挑戦する。つまり、再起を図ろうとするわけだ。でもそれは、必ずしも討王がやらなくてもいい」

「……あっ、子孫を?」

「そうだね。諦めたとしたって、そのとき討王は二十代半ばだ。誰か娶ったと考えるほうが自然だよ」


 当人にその気がなくとも、周囲が放っておかないというのもあったに違いない。だったらその子の将来がどうなったのか。


「仙石家は、王家の血を受け継いでいる。そういうことですね」

「しかも本家より濃くね」


 理想を掲げた革命家。それを隠れ蓑にした墓場荒らし。仙石さんに対して勝手に付けたレッテルが、また更新される。

 王位を簒奪された先祖に成り代わっての、復讐者。それが彼の本当の顔なのか。

 ごくり。自分の唾を飲み込む音が、やけに耳につく。

 吉良さんは知らないと言ったが、同じ予想を立てていたのだと思う。神妙な顔であごを撫でていた。

 情報を整理する間なのか、吉良さんは次をなかなか話さない。四神さんも相変わらず木の棒を弄びながら、何ごとか考えている風だ。


「ちっ、つまらねぇ。黙って聞いてりゃ、いつか伽藍堂の話が出てくるかと思ったが」

「伽藍堂が気になるのかい?」

「そりゃそうだろ。その話のどこを取ったって、あのジジイの得になることがねぇ。いったい奴は、なにがしてぇんだ?」


 僕などは単純に、やはり歴史の裏に暗躍しているのだななんて思っていたけど。言われてみれば、たしかにそうだ。

 現代では王家に嫌がらせをするばかりだが、さっきの話では討王の味方とも言える。まあ争いに勝った弟からすれば、余計なことだけども。


「さてね。その後ずっと俺の家は、あちこち転々としたらしい。だから伽藍堂とも関わりがない。だが――」

「だが?」


 四神さんが口にしたように、なんだか荒増さんは伽藍堂が気になるようだ。いつになく前のめりな感じで、先を促す。


「とにかくたくさんの人を死なせてェってのは感じるな。殺してェじゃなく」

「人の死……」


 僕の脳裏に、本人に預けてきた姉の骨が思い浮かんだ。

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