第94話:心那ノ戦ハ言ヲ用フ

 現代。仙石統尤の叛乱に対する戦線は、前進しつつも膠着していた。塞護の町の外縁に防壁の作動しているのが、肉眼ではっきり見える。その距離にあって、兵部卿以下の軍勢は、攻め手を決めかねていた。

 話し合うこちら側の面々は、通信車の装甲に出される映像に立ち見の格好で視線を注ぐ。


「国分どのに思うところがあるのは、俺も同じよ。だがその娘ひとりと、国家の安寧を天秤にはかけられん」


 国分面道の父。國分流の宗主は、表立って政治に口出ししたことがない。この国で唯一、公人としての役職も持たぬ身で、愚王に即日の面会が許される立場なのにだ。

 そこのところに誰がどんな態度を向けるか、心那は周囲の言葉に細心の注意を傾けた。


「兵部卿。それでは慎重論を唱える者が、我が身可愛さに言っているように聞こえてしまう」

「思惑は知らんが、結果はそうだろう」


 太政官の諌めにも、兵部卿は耳を貸さなかった。保身はともかく、それが元で事後に諍いの種となる可能性はある。

 政治の場では何も発言しないことが、必ずしも美徳ではない。勝手な忖度を生み、経緯も結果も当人の知らぬところで何ごとか起こるのは、珍しくない。

 それを回避する手続きも無視するやり方は、兵部卿のいつもどおり。

 対する太政官は、モニターの向こう側。中務卿も隣に居て、そちらはまだ何も発言していない。


「実際に当人を抱える、纏占隊の意見はどうなんだね?」


 味方に引き込もうというのか、太政官は心那に話を向けた。

 白鸞の衛士本部から有線で繋がった衛士支局からの中継は、画像も音も時に途切れる。他の通信は全て遮断されているので、贅沢は言えないが。


「纏式士が任務に当たって、捕縛された。任務の完遂に支障がなければ当然に救出を考えますが、今回はそうではありません」

「居ないものとして考える、か」


 所持した役職の性格もあって、太政官がこの話し合いの議長役となっていた。そもそも進捗を尋ねてきたのがそちら、というせいもあるだろう。

 おそらくは愚王に報告する情報を得るのが、最初の目的だったのだろう。それが途中で「国分はどうやって救出する手筈になっているか」と太政官が問うて、こうなった。


「わたくしの仲間たちもですが、兵部の方々も優秀です。ですから現場の判断で、という期待は捨てておりませんよ」


 救出の状況をざっくりと荒増から聞いたところでは、彼は本当にそれを目的として潜入したわけではないらしい。

 だが中心部近くまで行くと、急に国分の霊がはっきりと感じられて、無視することが出来なかった。行ってみれば、自力での帰還は困難だったので連れ帰った。

 どう考えても罠で、妨害もなく連れ帰れたことがおかしい。いやそうではなく、国分に何かの用があって、それが終わっただけかもしれない。

 いずれにせよ本人か宗主か、どちらかに何らかの役目を持たせたい誰かが居るのは間違いなかった。


「決死隊を組織しては?」


 具体案がなく、誰もが口を閉ざした一分間があった。そこに一石を投じたのは、作戦立案には門外漢の太政官だ。


「ほかの誰かの命を賭して、国分の命を優先せよと?」

「あくまで心意気を、そう表現したのみ。実際に可能かは、実働部隊を持つあなた方に問うしかない」


 押しは弱い。言い分として、おかしなところもない。太政官の手の内である衛士は、塞護のそれは壊滅し、白鸞では防衛に回っている。


「なるほど? そうしておけば仮に失敗しても、やるだけはやったと言えるか。姑息な」

「理解はなんとでも。しかしそういう方便でも使わねば、現に動けず困っておるのはそちらだろう」


 姑息、卑怯を嫌う。兵部卿が我が道を行きたくとも、その部下たちは今後の人間関係を心配したい。

 身分の差は絶対だ。だから兵部卿がそうと言えば、従うだろう。

 しかし進んで協力してくれるのと、無理強いするのとでは全く異なる。一度きりならまだしも、その関係がずっと続けば、身分を保つことも危うくなる。 

 そう察すること。計算に入れて話すこと。なども出来ないほど、兵部卿は愚かではなかったようだ。


「相分かった。だが誰が行くのだ。精鋭を選りすぐって、一個小隊でも送るか」

「それも良い。しかし卿の部下は、多対多に真価を発揮する。無茶な案件、と私が言っては身も蓋もないが。そういう時の為に、纏占隊はあるのではないかな」


 纏占隊と少数同士で戦えば、兵部では相手にならない。太政官は、そう言ったに等しい。

 これは事実ではあっても、あえて口にする必要のないことだ。大型船と快速艇を比べて、大型船は遅いと述べることに価値はない。


「――その任務。行うにやぶさかではありませんが」


 兵部卿がどう返すのか、心那は待った。人は感情の高ぶった時に、本音を漏らすことが多い。

 だが卿は、声を発しなかった。いまにも噛みつかんばかり、太政官を睨みつけてはいたが。

 それで仕方なく、返事をして次の石を投げることにした。


「誰を行かせたものか、責任重大ですね。当人を救いたい気持ちに偽りはありませんが、皆さまの宗主への心遣いを背負うとあっては」

「そうだな。それあの男、荒増がいい。直接話したことはないが、聞いた性格からすれば喜んで行くのではないかな」

「荒増か――」


 挙げられた名前に、兵部卿は禿げた頭を撫でた。他の者が国分の処遇に関して難色を示すのと、それは似ている。


「彼に何かあった場合、ACIの量産に支障を来しますが、それでもということですね?」

「繰り返すが、私は提案しているだけだ。私はそれで利益が上回ると考えるが、そちらがどう考えるかまで先回りはしていない」

「結果がどうあれ、責任は持ち合おうということですね。結構な心構えです」


 手柄を独り占めしようとか、それで暴走して自滅されるよりはよほどいい。皮肉っぽく言いながらも、心那はそう考える。

 だが男子というのは、面子に拘るものだ。それもその場の勢いのような、後で考えればどうでも良いようなことを特に。


「それは私を侮辱しているのかな」

「滅相もない。一人で犯せば殺人となるものも、国が行えば正義の行為。そういうことでございましょう?」


 心那が悪口雑言を浴びせるのには、二つの場合があった。一つは心安く思う者に、悪ふざけとして言うもの。もう一つは、後ろ暗い者の罪の意識を煽るもの。

 これは賭けであった。この場を逃せば、暗躍する何者かに活動の時間を与えてしまう。そしてその賭けに、心那は勝利しつつあった。


「――はて。私はどうして、麗しき統括控どのに嫌われたか」


 太政官に憤慨の表情はあったが、それに勝るかというほど訝しむ気配もあった。なんの資料を広げているでもない手元に何度も視線を落とし、隣の中務卿が少し腕を動かしただけで敏感に反応する。


「そのようなことは決して。わたくしは公職の皆さまを同じく敬愛し、国を守る同士として信頼しております」

「そうあってほしいものだ」

「もちろんですとも、ああところでACIと言えば。白鸞の防衛システムについて、何か面白い発見があったと。その荒増から聞いております」


 これは嘘だ。

 一般企業に責任を押し付ける集会があったと聞いて、怪しいとは思っていた。しかしそれだけでは決定的でなく、この話し合いでより不審な人物を絞り込むことを目指していた。

 誰も平等に疑っていたのだが、どうやら太政官がそうであるらしい。だから彼に効きそうな、罠を仕掛けた。


「ほう。あの男、態度は気に食わんがやはりただ者でないな」


 これは兵部卿。霊を観察しても、穏やかな高揚を感じるだけだ。この禿頭ではない。


「発見とは? そのようなことはこちらでどうとでもするものを、余計な手間をかけるものだ」


 呆れたという態度を装いつつ、大きく息を吸って吐いた。太政官の霊は、風邪でもひいたように細かく震えている。


「いえ……」


 返事をそこで留め、鉄扇を開く。その陰で、通常端末を確認する振りをした。何かどこかから、連絡が入ったかのように。


「どうした。何かあったのかな」

「失礼を致しました。内容までは確認に至っておりません。なお、ただいま連絡がございまして。決死隊の件は、その荒増が独断で向かったと」


 焦れているのを必死に抑える様子が、心那には面白おかしい。おかげで笑ってしまいそうなのを、こちらも抑えなければならなかった。

 しかし荒増が既に向かったと聞いて、途端に太政官は平静を取り戻す。


「そうか。それで誰が? まさか一人で向かったのではあるまい」

「荒増と、その見習いにつけている遠江。それから別口で、四神も向かったらしいと報告が」

「なるほど三人か。遠江というのはよく知らんが、荒増と四神ならば実績もあるな」


 左様に考えます。と、そこで犯人探しを終えることにした。暴露にまではまだ至れない。敵は愚王の居る本殿にあって、この場に居る誰の手も届かないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る