第88話:静カナル反骨ト怒リ

「僕たちを勧誘に? そちらの主張に合うのは、久遠くんと萌花さんだけでは?」


 先んじて仙石さんに誘われたときには、そういう話だった。


「ライターってのは、便利だよなァ。要するに火打ち石と引火ガスなんだが、これ以上の物ってのは出来ないもんなのかねェ」


 現代のライターに火打ち石など使われていないけど、引火性の物質に瞬間的な熱を加えるという構造は同じだ。

 ただ一般にライターで火をおこす場面というのは、相当に限られる。

 僕たちのように荷物を極限まで減らして、それでいて野宿をする機会が頻繁にあるとか。そういう活動を趣味にしている人とか。あとは防災グッズに含まれているくらいだろう。


「誰にでも扱えるという縛りの上では、なかなか難しいでしょうね」

「んん? そうでなかったら、あるってか?」

「ええ、例えばここに」


 そう言う四神さんの指は、荒増さんに向けられた。言われたほうは数歩前に居るので見えていない筈だけど、気に入らなそうに舌打ちがされる。


「よしてくれ。そんなの使ったら、タバコを咥えた俺まで丸焦げにされちまう」


 薄く笑って、吉良さんは含んだ煙を細く吐き出した。一応は気を遣っているのか、顔を少し横に向けて。


「奴はどうもライターと、せいぜいタバコだけ集めたいみたいだが、俺は違う。灰皿も、一緒に飲む酒も。なんなら座る椅子だって、どれが相応しいかその時々で違うってもんだろう?」

「おらの葉っぱで、タバコ作れっがな……?」

「やってみなきゃ分かんねェさ」


 その暗喩とは違う意味で萌花さんは言ったと思うけど、吉良さんはたぶんそれも分かってまた答えた。

 入隊してからこっち、不安なことがある度、吉良さんの「ケツは俺が持ってやるから、好きなようにやれ」という後押しには随分と勇気付けられたものだ。

 その人の言う「やってみなきゃ分からない」は、相当の説得力がある。


「やってみろってんなら、何をやるかぐれぇ教えていただけるんだろうな?」


 年齢も相当に上だし、上下関係のほとんどない纏占隊で唯一、上司と定められているのが統括だ。

 でも荒増さんは、吉良統括に対して他と違う態度をしたことがない。もちろんそれは、僕の見てきた限りということだが。


「教えるのは構わんよ。だがそうすれば、二つに一つだ」

「当然だ。俺の答えは、端から一つだがな」


 勧誘に従うか、どちらかが死ぬか。

 最初から一つしかないとは、戦うほうだと。いまさら誰も疑いはしないのに、荒増さんは大太刀を抜いて示した。

 地下だからか低い天井に、大太刀は窮屈そうだ。


「愚王は、飛鳥の全土に税をかけると宣言した。まだ何にとは決まっていないし、目処は十年後だがな」

「税――税金ですか?」


 公職である僕たちは、会計係に任せておけばそういうことに悩む必要がない。

 いやもちろん気を遣えば出来ることはあるのだろうけど、僕はそれほどお金に固執しない。少なくとも宿舎に居れば、衣食住のうち食と住は確保されるのだ。

 だがたしかに全土と言えば、僻地に住む人たちにもそれは及ぶ。自給自足で、お金なんて持っていない人たちも居るだろう。


「遠江。たったそれだけのことか、と思ったか?」

「い、いえ。そうは思ってません」


 実年齢の割りに、まだ張りの衰えない頬。その上に、奥二重の優しげな目。それが睨んだ推量は、あまり当たらない。


「まァな。図星を言われると、認めにくいもんだ。それは責めねェ」

「いや、本当に」

「吉良さん。仰るようにそれはまだ、何も決まっていない件ですよ。それを――」


 そういう話なら、こちら側で最も詳しそうな四神さん。だがその意見でも、決まっていないことが分かるだけだった。

 であれば僕も、知らなかったわけじゃない。しかし情報が、全く流れてこないのだ。報道で聞いた限りだと、そういう方向で検討していると二年前くらいに言ったきりの気がする。


「本気で言ってんのか? 税を課すってのは、多かれ少なかれ、流通経済に参加させるってことだ。日が昇ったら森に入って、日が沈む前に木の実でも食いながら森から出てくるような連中をだ」

「それは考慮があるんじゃないんですか? 物で納めてもいいとか、その分だけ援助が多くなるとか」

「援助ねェ。望んでる奴には、してやりゃァいいさ。だがなァ、税を取ってそれをやるってのは、そいつらを飛鳥の国民だって言ってるわけだわな」


 およそ七十万平方キロの飛鳥の国土。神話にあるとおり、巨鳥が両翼を広げて休んでいるような本土と、大小の島々が百有余。

 その島々や、本土でも南北の端のほうには、愚王の手がいまだ届いていない人たちもたくさん住んでいる。


「俺にはな、分からねェんだ。愚王はいつ、この飛鳥を統一させたんだ? 俺に言わせりゃァ、この政治は侵略だってな。そう思うんだよ」


 残ったタバコを一気に縮めて、大量の煙が噛み締めた歯の間から吐かれた。まだ幾分か長さの残るそれは床に落とされて、踝まで紐で括った草履に踏み潰される。


「ああ、意見はしたぜ? 当然だ。だが答えは、遠江の言ったとおり。不公平にならないようにするとさ。そういうことを言ってんじゃねェんだよな」

「どういうことなんですか」

「物ごとってのは何でも、きっかけが大事だってことさ。やってならねェもんは、どんな小さなきっかけでも、許しちゃなんねェんだよ」


 それで言いたいことは全てなのか。吉良さんの右手は、背に負った武器の大きな輪っかの片方に添えられた。

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