第87話:朱ニ染ム床ニ来ル者
朱鷺城へ続く横道を通り過ぎて、なお僕たちは進む。するとすぐに、丁字路や十字路で激しく枝分かれしていた。
しかしそれでも先導をする荒増さんは、マシナリなんかを確認することもなく、自信満々という足取りで進む。
まあこの人は全く初めての道でも同じように歩くので、その様子が参考になどなりはしないが。
「
「ほとんどは罠だと思うよ。どこに繋がってるかって言うなら、あの世かな?」
「ひぃぃ――」
そういえば僕たちは、粗忽さんから見取り図をもらっている。それでも分かれ道の全てが、網羅されているわけではないのだけど。
ひきかえ四神さんは、どうやって探索していたのだろう。
「四神さん。ある方から地下通路の見取り図を戴いたんですが、転送しましょうか?」
「そうなのかい? 奇遇だね、僕も親切な人から譲ってもらったんだよ。だから大丈夫、ありがとう」
通常端末にバックアップしておいたデータを送ろうと思えば送れたけど、案の定で必要なかった。
親切な人とは誰かとか、いつ貰ったのかとか。それは聞かぬが花だ。
「あの、一つ聞いでもいがな」
「なんだい?」
「なしてこごさ、誰も出てこねすが?」
「誰も出てこない? 敵が待ち構えてないのは、おかしいってこと?」
「んだす」
四神さんは、通路に入る前に拾ったいい感じの枝をずっと持っている。持っているというか、通路の壁や床に一本の線を引くように、ずっと擦り付けている。
ガリガリ、ザリザリと、まあまあ賑やかなそれも、萌花さんは大丈夫なのかと思ったに違いない。
「なにかする気なら、少なくとも仙石くんと出会ったあとに、外になんか出られなかっただろうね。どうしてかは知らないけど、僕たちは好きにさせてもらえるみたいだよ」
「はあぁ、んだすが」
その言い分のとおり、荒増さんが「ここだ」と目的地に着くまで、誰とも出会わなかった。生きた人間だけでなく、あの大量の唹迩たちとも。
「なんだい? 誰も居ないじゃないか」
「国分を拾った部屋に来ただけだ。それ以上は知らねえ」
本当にこの部屋そのもので、仙石さんが待ち受けているなどと、四神さんも考えてはいないだろう。
この二人のいつものやり取りは置いて、部屋の様子に目を見張ってしまう。
統合情報盤と接続されているらしい、壁面表示のある普通の部屋。しかしその床は、半分ほども鮮血に染まっている。
「これ、致死量なんじゃ……」
「かなり多いけどね、そこまでじゃないよ。ここにあるので全部なら、だけど」
「刀が刺さったままだったからな。抜いた時のと、固まりかけた血を出したのとだ」
やはりこれは、国分さんの血のようだ。そもそも腹を刺されたのは、白鸞の防塔でのことだった。
そこでも当然に出血している筈だし、合わせるとやはり楽観視出来る量ではない。
「またとぼけやがって。最初に血を見たのはお前だろうが」
「いやまあ、そうなんだけど。でも彼女の太刀を刺したのは僕じゃない」
「てめえがやったのを、仙石がまた抉ったってのか」
「そこは見たわけじゃないから、なんともだね」
やっぱり気に入らないとばかりに、荒増さんは舌打ちをした上に唾を吐き捨てた。
それはもちろん、僕だって気になる。裏切ってないという言葉を、信頼の気持ちから遠ざけてしまう。
だが言うべきこと、言っても問題ないことなら、四神さんはきっともう言っている。世界の開闢以来の重大な真相だって、あっさりと言うに決まっている。
でもその逆に、何かの理由があって言いたくないことは絶対に言わないのだ。そんなこと、僕なんかより荒増さんのほうが余程よく知っているだろうに。
「じゃれ合っているところを悪いが、ちょいと時間をいいか?」
僕たちが部屋に入った隠し扉でなく、よくある電磁錠の扉。そちらは最初から開いていた。だから誰かがやって来れば、すぐに気付く筈だった。
でも中年紳士のその声が耳に届くまで、僕は全く気付くことが出来なかった。ビクッと身体を強張らせた萌花さんも、同じくだろう。
「なんだオッサン。わざわざお出迎えか」
「これは吉良さん。すみませんが、もう統括とはお呼び出来ませんよ」
纏占隊の当代統括。だったその人曰く、じゃれ合っていた二人に驚きはなかった。むしろ息を合わせたように、待ちかねたという雰囲気を視線に表している。
「それは致し方ないな。謀叛となれば、即刻に縁を切らねば。俺とてそうする」
「無駄話はいい。何の用だ」
歳はたしか四十と二才。見た目にはそれより若くて、三十代前半と言っても通じるだろう。体格はやや背が高く、すっきりと鍛えられた筋肉が首や腕に見える。
もみあげと繋がったあご髭は同じ長さに揃えられて、後ろに撫でつけられた髪にも白い物は見えない。
大きな輪っかを二つ持った得物を背に抱えて、死に装束のような白い着物は乱し気味に。片方の袖から抜いた手であごを撫でつつ、時代遅れの紙タバコに火が点けられた。
「お前たちを勧誘に来たのさ」
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