第86話:彼方ト此方ノ思惑ニ
白鸞の危機を脱するのに、最短かつ確実な方法は、心那さんが直ちに戻ることだ。心那さんの託した結界なのだから、打ち消すことは可能だろうし、それを妨害する妖もすり抜けることが出来る。
だから戻らないのかと聞いた。しかしその答えは、否だった。
「あなたたちに、全てを任せたつもりはありません。わたくしにはわたくしの戦いが、ここにはあるのです」
統括が寝返り、初手の総代は戦線離脱。二枚目は白鸞に残り、三畏総代は特命に動く。曲がりなりにも纏め役と呼べる人が、こぞって最前線から離れるのだ。たしかに残るは心那さんしか居ない。
だが自分の戦いという言葉には、また違った意味があったようにも思えてならない。
「どごさ行ぐ?」
「仙石くんのところだよ」
「さっき会ったばっかしでねが」
「さっきと今とじゃ、状況が違うからねぇ。僕が何でも計算づくで動いてるわけじゃないって証明だよ」
僕たち四人は、出てきたばかりの通路をまた進んでいた。国分さんは姉とその護衛である静歌、鈴歌に任せて、後顧の憂いはないというやつだ。
「分がんねすが、骨っこ探すんでねのが?」
「そうだよ。でもきっと仙石くんは、在り処を知ってる。塞護だけでも広いのに、どこにあるか分からない物を当てもなく探せないよ」
「久遠さんの大事なもんだば分かっけど、終わっでがらが良ぐねが?」
ああ、そうか。萌花さんは誰にも師事しないで、自分の技だけを磨いた。式士としては常識に近いことでも、その件は裏技のようなものだ。知らなくとも無理はない。
「悪意を持った霊を唹迩と呼ぶように、悪意を持った妖を
「屍鬼を使えば、普通の人でも纏式士の真似ごとが出来るそうですよ」
僕も知識として知っていても、実際に見たことはなかった。真っ当に式士を志すなら、そんな物を使うべきでない。
言うなれば、弾の補充出来ない大砲を持ったようなものだ。使える間は力量が上がった気になるが、使えなくなればなにも残らない。
「伽藍堂? の爺さまは、そっただ物使わなぐでも強いんでねのが?」
「そうだね。そういう使い方じゃないんだろう。要するに怨念を蓄えた電池みたいな物だから、使い方を予想し始めるときりがないんだ」
電池。父上の遺骨を指してそう言われると、いい気はしない。しかし分かりやすい例えではある。
「難しいだねや――そいだら久遠さん。左手の調子は大丈夫が?」
「え?」
「久南さんが見せろっで、言っでだべ」
「え、ええまあ。大丈夫ですよ」
分かれる前に、たしかに姉にそう言われた。調整といえば調整をされたのも本当で、大丈夫かと聞かれれば大丈夫だ。けれども同時に教えられた、使い方の話が余計だった。
それはいいね、なんて。僕が喜んで利用するとでも、姉は考えたのだろうか。
「也也、国分くんを助けた場所に戻れるかい?」
「拾ったんだ」
「人質としての意味は達成したから、放置されてたんだろうけど。どうぞ助けてくださいって、看板が出てたわけでもないだろう?」
「拾ったっつってるだろうが」
萌花さんに状況を説明し、荒増さんをからかいながらも、四神さんは捜索に頭を働かせているらしい。
「てめえが裏切ってねえとは、まだ信用してねえんだ。国分の腹の傷、あれはてめえがやったな?」
「そうだね。あんまり彼女が言うことを聞いてくれないから、非常対応というやつだよ」
「えっ、四神さん。本当ですか⁉」
なにを根拠に、裏切りを疑われているのかは知らない。国分さんが裏切っていると考えて、その対処に行ったのなら、争いになる可能性もあるだろう。
でもその前に、話すことくらい出来た筈だ。国分さんと同等か、それ以上の実力を四神さんは持っているのだから。
話す前に不意打ちするくらいしか、相対する方法の思い付かない僕なんかとは違う。
「僕が何を釈明したって、言いわけにしか聞こえないだろうからしないよ。でも一応、裏切っていないとだけは宣言しておこうかな」
いかにも気に入らないという風に、荒増さんは舌打ちと睨みを四神さんに向ける。
「おい新人」
「はっ、はひぃ!」
「そろそろ宿題は出来たのか」
「しゅっ、しゅく?」
「ああん?」
せっかちな荒増さんが、どこ吹く風な四神さんをいつまでも相手にはしていない。次の矛先は萌花さんに向いた。
宿題とはなんのことやら、当人は心当たりがないらしく、僕もすぐには思い至らなかった。
「――あっ、萌花さん。親株ですよ」
「あああ、あ、あの木っこだば、お母さんだ!」
「よし、上出来だ」
僕もだけど、すっかり忘れていたらしい萌花さんは、いつ調べたのか。
ともあれ求めた答えが用意されていて、荒増さんはまたずんずんと先頭を歩く。出会い頭とか伏兵とか、そういうのを怖れる様子は全くだ。
「僕も着いていっていいのかな?」
よせばいいのに、四神さんはまた話題を蒸し返す。僅かに回復した荒増さんの機嫌が、悪化することを覚悟した。
「てめえの態度がムカつくのは、いつものこった。今はあの、いい子ぶった仙石のやり口が気に入らねえ。程度で言やあ、上の下だ」
この人は決して、正義の味方とかではない。もちろん法の番人とかいうのとは、程遠い。
だから仙石さんへの怒りが、なにを理由にしているのか。あれこれ予想はするものの、これとはっきりは分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます