第83話:非ザル者ノ心ハ如何

 頷いた。

 驚いたのは間違いないし、それを当人から言われるなんて経験も初めてだ。黙って先を聞く以外の選択肢なんて、端からない。


「あたしの身体は。あたしは、疑似生体バイオロイドなんだ」

「疑似――」


 そういう発想があることは知っていた。創作の世界では当たり前に登場するし、実用を目指す研究が進んでいるのも報道される。

 でも現実に目の前に居るその人がそうだと言われても、うまく飲み込めない。

 信じる信じないではなく、生身の、普通の人間と同じにしか見えない姉が、言わば作り物だなんて。

 これならまだ、本当は血が繋がっていない単なる監視者だったと言われたほうが現実味に富む。


「いや、二人とは違うよ。機械人形とは、仕組みが全く違うんだ。ACIのチップだけは機械だけど、他は全部人工組織さ」


 作り物の身体となると、すぐに思い付くのは静歌と鈴歌。でも、ちらと目を向けただけで、すぐに否定があった。

 隣に座る姉の腕が伸ばされて、僕の腕に触れた。普通に人に触れられたとしか思えない、柔らかな熱が伝わってくる。


「あたしは、あの日に死んだんだよ。久遠を助けに行って、それは叶わなかったけど。久遠が無事なのは分かった。だからあたしは死んだ」

「だから、って……」


 そんな「だから」があるものか。

 父が亡くなった日のことは、大体聞いている。でも姉はそのあとすぐに、僕を預かってくれた筈だ。

 もちろん僕が入院していた期間は違うけど、見舞いに来てくれたのをはっきり覚えている。


「許せなかった」

「父上を?」

「あんなものに逆らう力さえなかった、あたしをさ」

「自分を許せなくたって――」


 そんなことで死ねるなら、僕はこれまでに何度死んだことだろう。いやもちろん、僕がそう思うことの何倍も、姉の想いが強かったのはあるだろうが。

 いつの間にか、腕に感じていた熱は遠ざかっていた。


「そうさ、それだけで人は死なない。だからあたしは命令した。静歌と鈴歌に。あたしを殺せ、って」


 人の命を左右する言葉。それはどうして、重々しい空気を纏うのか。どんなに軽薄に言ったとしても、僕のような人間が言ったとしても。

 最初から自分には関係ないという顔をしている荒増さんを含めて、誰も何も言わなかった。

 僕以外は、みんな知っているからだろうか。僕が知らない第三者として居たなら、なにか言っただろうか。

 いつまでも全員が黙ったままなら、言ったかもしれない。久南さんは、それほどにつらい気持ちを抱えていたんですねと。

 何も察してなどいない。わけが分からないながらも、そんなことをするならそうなのだろうと当たりをつけて。


「萌花ちゃん?」


 荒増さんと四神さんの間へ、隠れるみたいに座っていた萌花さん。急に立ち上がって、四神さんが呼ぶのにも返事はなく、輪の外をぐるっと回った。

 向かったのは、姉の後ろに座っていた二人のところ。

 姉に命じられる以外のコミュニケーションを取ることのほとんどない静歌と鈴歌は、自分たちをじっと見つめる樹人の女性を、不思議そうに見つめ返す。


「痛がっだな……」


 黙ったまま数十秒ほど。萌花さんは不意に膝をついて、二人を抱きしめた。小柄な彼女では、もっと小柄とはいえ二人を抱えるのは腕の長さが足りない。

 なんだか円陣を組むみたいに、肩を寄せて頬をくっつけるだけになった。

 害を加えるわけでなく、姉がそれを止めることはなかった。当の二人も、どう受け止めているのかは不明だが、嫌がる素振りはしなかった。


「ここからは、実に恥ずかしい話だよ」

「ここから?」

「あたしは今、ここにこうしてるんだから。その先があるだろう?」


 くっついたままの三人から目を離して、姉はまた話し始める。


「この身体はこの二人を作る前に、あたしが機械人形の身体として作ったものなんだ。ちょっと人間に似せすぎじゃないかって、完成したところで放ったらかしてた」


 似せすぎだと何がまずいのか、技術の前進なのだからいいと思うのだけど。

 でも姉がそこを掘り下げることはなかった。どうやら本題ではないらしい。


「うっかりしてたよ。あたしを殺せと命じたものの、あたしを生き返らせるなとは言ってなかった。二人はこの身体を引っ張り出してきて、あたしの霊を移動させようとした」

「そんなことが?」

「理論上は出来る。と、二人も知ってた。この子たちを作って最初に、あたしを守れと命令もしてた。だからそんなことをしたんだろうね」


 話の筋としては分かる。納得も出来る。だが肝心の、その方法だ。いくら入れ物があっても、姉にだって出来ない筈だ。纏式士か、それに相当する技術を持った誰かが居なければ。


「違うべ」

「えぇ?」


 身を寄せ合ったまま、姉に背を向けた格好のままで、萌花さんが言った。

 その否定に対して、姉の返事は抵抗する意思を感じられなかった。


「お母さんだがら。一緒に居てえな。な?」


 その問いに、はっきりとした答えはない。

 ただ、萌花さんを受け止めるだけだった、静歌と鈴歌の腕が動いた。ぎゅっと、三人が三人ともを抱きしめ合うように。

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