第84話:最新技術ノ闇ヲ担フ

 萌花さんたち三人と、見つめる姉。その沈黙をあえて切り裂くように、心那さんが口を開く。


「厳命します。この事実は、この場の他に漏らさぬこと。疑似生体が実用可能とは、まだ世間に知られてはならないのです」


 公職には漏れなく、守秘義務がある。職務上で知り得た秘密を、許された以外に伝えてはならない。

 それは誰かに命令されて行うことでなく、自分でそうと認識しておくものだ。なのにあえて、だからこそ厳命なのだろうけど、心那さんは言うなと言った。


「それなら、どうして萌花さんが居る前で?」

「彼女は、あなたの姉の亡骸を見ました。妙な勘繰りをされては困ります」


 シャン、と。鉄琴と似た音色で鉄扇が開かれる。「それから」と口元に翳して、ここから先も口外は無用だと暗に示した。


「分かっていることがいくつかあります」

「分かっていること。というと、姉についてですか」


 そう僕が聞いたのは、話の流れとしておかしくなかった筈だ。そうだとしてどんなことかと聞かれれば、特にないのだけど。だかこそ、僕の知らない事実がまだあるのかと思ったのだ。


「違います。一つは、伽藍堂の目的。あるいは意図の一部に、あなたの姉が関わっています」

「伽藍堂が⁉」

「鉄壁でしょう。と言っても、あなたは知らないのですが。あなたはどうして、その社で亡骸を見つけたと理解しているのです?」

「あ……」


 事態を理解出来なくて、冷静な判断をまるでなくしていたようだ。言われてみれば、当たり前すぎるほどにおかしい。

 疑似生体を秘密だと言うなら、姉の亡骸など絶対に見つかってはならない。僕がその処理を任せられたなら、いっそ砕くかして発見不能にする。

 そこまでしなかったとしても、偽名の墓に入れるとか、他の人にはそうと知られないようにするだろう。


「あそこに運んだのが、伽藍堂ですか」

「直接は誰だか知りませんが、青い髑髏があった以上はそうなります。わたくしの認識では、その骨はあなたの故郷にある筈でした」


 姉が関わっている。それは意味を違えて受け取れば、姉が伽藍堂に協力しているとも聞こえる。

 しかしそれなら、こんな話をするのに連れてきたりしない。そう信じて、視線を姉に向けた。


「――心配しなくても、あたしは敵じゃないよ。その包みの中に骨があるってのも、この女に聞いて知ってるだけさ」

「あ、いや……」


 どうやら疑いの眼差しに見えたらしい。すぐに否定したかったけど、根拠がない。

 姉自身や心那さんの話は筋が通っていて、信憑性がある。もちろん嘘を吐いているなんてこともないだろう。

 だが纏式士は、仮に自分以外の全てが黒を掲げていても、信じるならば白を示さなければならない。

 そう、信じるならばだ。僕は姉に、なにを根拠に「信じている」などと言えるのか。


「もう一つ。先刻のマシナリや支援端末の、動作異常。あれは敵の乗っ取りによるものです」

「やはりそうなんですね。でもそれは、今までの話に関わるんですか?」

「関わりますとも」


 マシナリと支援端末は、発信制限のかかったスネイク端末だ。ヘビーネットは専門の技術者などにしか、アクセス技術が公開されていない。

 そこに介入したのなら、伽藍堂の側にそんな人材まで居ることになる。


「マシナリなどに搭載されている、ACI。あれは機械に憑依させた霊です」

「え……?」


 AIに代わる高度な自己判断システムとして登場したACI。その中身が機械言語によるものでなく、霊。そんな話は初耳だ。

 しかもそれが事実なら、やっていることは姉の疑似生体と同じじゃないか。


「ACIが、アマハラテクニクスの独占技術というのは知っていますね」

「え、えぇ」

「技術共有したくとも出来ないのですよ。高度なソフトウェア開発技術と、高度な式士としての技と。両立出来る者など、ほとんど居ませんからね」


 AIとACIの決定的な違いは、矛盾した判断を可能とすること。それに、霊の存在をACIそのものが知覚すること。

 どういう技術なのかと不思議ではあったけど、聞いてみれば単純な話ではあった。

 元が人の霊ならば、人の思考をそのまま使える。自分が霊なのだから、他の霊も知覚出来る。


「つまりその式士が、寝返ったってことですか。あ、いや。ほとんど居ないということは、複数居るのかな――」

「その二つの疑問は両方とも、半分正解で半分誤っています」

「ええ? 寝返ったけど寝返ってない、複数居るけど複数でない、ってことですか。そんな馬鹿な」


 僕が理解を示さなかったからと、怒ったわけではない。その構造上仕方のないことだと思いたいが、勢いよく閉じられた鉄扇が、薄いシャッターを叩いたように賑やかな音を立てた。


「完全なACI製作技術を持っている者。最高の開発技術を持つ式士は、たった一人しか居ません」

「それは――?」

「あなたに見習いを命じている、ド変態です」


 そう宣言されたのを邪魔するように、大きなため息を荒増さんが吐いた。面倒くせえなと、僕の耳には聞こえた気がする。

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