第82話:命在ル者無キ物ノ境

 四人のうち、二人。機械人形である静歌と鈴歌はいつもどおりの、すました顔だった。こちらの気分によって見えかたが違うのを除けば、それ以外の表情なんて見たことは一度もないが。

 凛々しさと柔らかさを共存させた心那さんの様子は、逆にいつもと違うように思う。「いつも」と言うほど二人が出会った回数は多くないけど、隣には姉が居るのだ。


「こんなところまで出張って。どうした風の吹き回しだい、心那さん」


 望遠装置の視界を遮断する障壁まで張って、僕たちは車座に腰を下ろした。そうするよう言った心那さんも、草原の風をしばらく感じてなにも言わない。

 そんな中に声を発したのは、やはりと言うべきか四神さんだった。


「やかましい、三十二歳児」

「おやおや、子ども扱いとは参ったね」

「あなたたち問題児コンビには相応です」


 コンビのもう一方は、じろと睨んだだけでまた目を閉じた。荒増さんも心那さんには、素直でこそないもののそれほど逆らいもしない。


「馬鹿娘の救出、ご苦労でした」

「たまたま拾っただけだ」

「久遠くんも、萌花さんも、放蕩者の世話をありがとう」

「ほうと――」


 労いにしてはあちこち棘の突き出た心那さんのセリフに、萌花さんは戸惑いを見せる。「おら何がやっぢまっだべが」と、自分まで刺されたように思っているらしい。


「ああ、萌花ちゃん。心那さんのこれは通常運転なんだよ。ツンデレというのがあるけど、あれに倣ってツンデルと僕は呼んでる」

「つんでる?」

「詰んでる。詰みってことです」


 親切な四神さんの解説を、さらに僕は補足した。そんなことを言ってる場合でも気分でもないのだけど、黙っていたら頭が混乱しそうだ。


「詰み……こっただ綺麗な人がかなぁ」

「久遠くん」

「すみません。僕はそんなこと考えてません」

「想像はつきますが、それはどこで?」


 呆気にとられる萌花さんは放置して、僕の弁解も無視して、心那さんは僕の膝の上を見て問う。

 そこには萌花さんに借りた布の包みがある。木切れとはまた違った重量感の、枝のような感触が生地越しにあった。

 自分の足で歩いて、手を振って、表情を動かす姉の姿を見ると、気付かないうちになくなったかと何度も確認してしまうが。


「朱鷺城に。仙石さんも居ましたが、それとは別の社で見つけました。青い髑髏が飾られていました」

「朱鷺城と、青い髑髏ですか――」


 伝わったのだろうか。そんな事実は当然にないのだけど、数年ぶりに話したような気分だった。

 いつもは自然に出来る筈の、言葉の選択がうまくいかない。まさか、動転しているのか。定義としてはそうでも、事実を受け入れられていない肉親なんて人の遺骨を見つけたことに。


「久遠くん」

「はい」

「あなたのお姉さんから、語ってもらうことにします。でもその前に、一つだけ再確認を」

「なんでしょうか」


 僕の返答を、どう受け止めたのかは分からなかった。少なくとも、多少なりと意外だったことは間違いないと思うけど。

 どういうことだか、なにが起こっているのだか、説明を求めたかった。しかしなんと聞けば良いか思い付かないうちに、心那さんから話を向けられた。


「纏式士として問います。命とはなんですか」


 命。

 動物も植物も、生きている。例えば土は生きていない。例えば風は生きていない。でも草も虫も、僕も生きている。その違いは何か。


「生ある者は皆、霊を持っています。霊にも魂や莫乃がありますが、これを存在と認められるかは意の強さに関わります」

「ならば、意とは」

「なにかを為そうとする方向性です。例えば炎は紙を燃やしますが、あれはただあるだけでそうなるものです。そこに為そうとする想いはありません」


 言葉のニュアンスは教える人によって異なるけれども、纏式士を名乗ってこれを知らない人は居ない筈だ。

 萌花さんのように誰にも師事しなかったとしても、纏式士になろうと調べれば、事あるごとにこの認識に突き当たる。


「即ち、命とは?」

「意在れば、之は霊なり。命は意之霊いのちです。ただ息を吸い、喰らうだけでもいい。自らの想いを以てなにかを為そうとする限り、それは何者であれ生きています」


 頭のどこかに張り付いた、いつか覚えた言葉の羅列。

 意味は分かる。でもそれなら、僕は生きているのかと。息を吸い、喰らうことだけでは、人として想いが薄いのでないかと思う。


「よろしいでしょう。実感出来ていなくとも良いですから、それを片時も忘れてはいけません」

「はあ……」

「なんです? 返事が聞こえませんでしたが」

「はいっ、忘れません!」


 無関係でないのは分かる。何らか、これから語られることに対しての準備のような意味はあるのだろう。

 でも自分の胸のどこにどんな形で置けばいいのか、正直持て余していた。


「久遠。それ、あたしのだってね」


 姉が口を聞いた。

 遠江久南。僕の姉で、出血で死にかけた僕の面倒をみてくれて、失った左手もくれた。

 互いの距離を定められてはいなくても、ありがたいことだとはずっと感じている。感謝している。

 でもその遺骨が、僕の膝の上にのしかかっている。

 これ以上ないくらいの認知的不協和。少しの間、僕はただ聞いていようと思った。だから素直に、自然に、コクンと頷けた。


「驚いただろう? あたし、死んでるんだよ」

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