第79話:責務ト信頼ニ潜ム闇
高いビルの足下に面道たちの前を、何匹かの猫たちが逃げ出していった。どうやら彼らの集会を、邪魔してしまったようだ。
そのビルと近隣と、どこが違うのか分からない没個性的なビル群の只中。早朝に決まったコースを走る、例えば自然食品の配送車くらいしか、ここまで出会わなかった。
時代の中で、大都市が眠らない街などと持て囃される時分もあった。それは人々の生活が多様化し、維持するためのマンパワーがどの時間帯にも適宜に必要だったからだ。
しかし技術が進んで、どの時間に起きているかは単に好みの問題となった。すると大半の活動は昼間に収束し、夜はその特殊性を楽しむ者たちだけの落ち着いた時間となっている。さしずめ今は、昼と夜の狭間。静から動への転換期といったところか。
「開けてくれる?」
どれが目的のビルかは知っていた。きっと連れ立ったメンバーの中に、知らぬ者は居ないだろう。ただしそれは正規にここと教わったのでなく、以前に携わった何某かの案件で知り得たのだ。
敷地への侵入も、許可を得てではない。侵入したことも、中でなにをした痕跡も、また出ていったことも、誰も気付かないのだ。入っていないも同然であろう。ただしそれは、強権を与えられた纏式士としての矜持を守ってこそ言えることだが。
ビルの裏手にもやはりひと気はなく、機械警備の気配だけが黙々と監視を続けている。そこに金属製と見える飾り気のない扉がぽつんとあった。
藤堂は彼の隣に立つ隊員に目配せをして、錠開けを頼む。それぞれの大まかな得意や不得意は知っているが、細かなことは藤堂を始めとした他の数人のほうが詳しい。
「そういえば藤堂。お父さんの病気、治った?」
「え、えぇ。素より大したことでは。念の為の入院というやつでしたから」
「そう、良かった」
身の上話と言えばそうだが、世間話の域も出ない。そんな話をしている僅かな間に、金属片を差し込む昔ながらの錠は開いた。
ビルの外観はともかく、重要施設の備えとしては不用心だ。最初は面道もそう思ったのだが、実はそうでない。
錠開けをした隊員が扉を軽く引くと、キュウッと高い音が鳴った。金属同士が擦れて噛み合った、と感じられる音だ。
もしもそのままあの扉を強引に開けようとすれば、強力に噛み合った感触だけがあってビクともしない。やがて面道たちは、駆け付けた警備員に誰何されるだろう。
ほんの一センチほど開きかけたあの状態は、二つ目の錠が作動している証拠なのだ。
「もう? 速いね」
「またマシナリを買い替えたようです」
「好きだねー」
一定期間ごとに変更される暗号解析で、電磁錠も解かれた。作業に取り掛かってからでも、三分かかっていない。
今度はなんの音もなく、素直に開いた扉を抜け、中へ。いかにも裏口という狭い部屋の向こうに、上階への階段と貧相な見た目の通路が伸びている。
「
その式術で、仙石が訪れているなら彼の霊パターンが見える筈だった。しかし見えるのは、警備員の巡回らしき跡が数回分。
「あれ――」
「霊が見えませんか」
「うん。そこまで警戒して入ったのかな」
「監視が付いているとは、気付いていないのかもしれませんな。だとすれば、やはりまだ青い」
盗っ人が足跡や指紋などを消したがるように、霊の動きに敏感な纏式士は己の霊跡を気にする。
だが生きている限り全てを消して歩くことなど不可能だし、その技自体も簡単なものでない。仮にも仙石家の跡取りならば、使えても何らおかしくはないが。
藤堂の言うとおりかもしれない。彼は多彩に技を持つらしいが、状況に応じて使いこなせるかは別問題だ。
「ここまで来たのですから、念の為に端末も見ておくべきかと」
「うん、そうしよう」
部屋の中には、粗末なロッカーが一つあるだけだ。どこかへ移動するなら、通路か階段の二者択一。
けれども先ほど錠開けをした隊員は、階段の手前に膝をつく。汚れによって出来たとしか見えない模様の一部に親指を当てて、その部分をスライドして開けた。
そこにはボタンがある筈だ。押せば開扉用の操作パネルが出てくる。
隊員はそれも俊足でコードを解読し、難なく扉を開けた。地下室に繋がる階段が姿を現した。
うわ物であるビルは、通信転送基地としては全くのダミー。関連する公職や企業が入っているものの、基地の存在さえ知らされてはいない。
「基地って言っても、狭いよね」
「無意味に大きくしても、あれこれとリスクが上がるだけですからな」
地下空間は、十二メートル四方ほどだ。基地の構成員は、設置された機器類のみ。作業員が通るスペースを周囲に最低限残して、残りは機械で埋め尽くされている。
ここでももう一度、道破を使った。しかしやはり、誰の霊跡も発見出来ない。
「操作の痕跡を見させます」
「うん、頼む」
面道は複雑なシステムの中身までは弄れない。専門家がやった行為を見て、補足があれば感想を述べることも出来る程度だ。
その辺りも自分でやってしまえる荒増などは、純粋にすごいと思っている。
だから藤堂が隊員たちに複数の端末を確認するよう言ったことには、不審を覚えなかった。自分に出来ないのだから、信頼できる仲間に頼むしかない。
「――やはり侵入の跡が。なにをやったかまでは、時間が足りませぬ」
「どこ?」
操作ログに履歴などない。残らないようにする、あるいは消しておくことなど、そういう悪事において基本だろう。
だが逆に、操作ログがないのに改変された場所が発生する。もちろん行った当人は発覚を想定して、目的外の場所にも故意に跡を残す。
なにかしたのは間違いないが、突き止めるには多少の時間がかかる。
「うん、間違いないね。これも統括に報告。強制拘束する名目は、これだけでも十分だよ」
「左様ですな。急ぎ、追いましょう」
自分は施錠を確認して最後に出ると、藤堂は面道を先に部屋から出した。
その言に従ってビルの前で仲間たちを待つ面道の耳には、素より静かなサーバーたちがプログラムを走らせ始めた動作音など、聞こえる筈もなかった。
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