幕間

第78話:運命ヲ分カツ早朝ニ

 クーデターの当日、早朝。国分面道は、硬めのマットレスを敷いた、自身のベッドで目覚めた。

 人間工学がどうのこうのという寝具も世には出回っているが、結局は布一枚を掛けて眠ることの多い身だ。空調の整った纏占隊の宿舎では、シーツ一枚あればこと足りる。


「あれ――また落ちてる」


 野宿を共にする仲間からは、よく寝相が悪いと言われる。だがいつも、眠ったときと起きたときの姿勢は、ほとんど変わっていない。下手な冗談だと、聞き流していた。

 しかしなぜか毎朝、掛けていたシーツが部屋の隅に放られている。

 そういう癖のある唹迩でも、住み着いているのか? それにしては霊の残り滓さえ感じないけど。まあいいや、被害なんてものでさえないし。

 などと、頓着のないことに関して、深く考えないのが彼女だった。

 まだ夜鳴きの鳥が唄っている。そんな時間に目を覚ましたのは、誰かに起こされたからだ。

 起こした主は、統合情報盤の向こう。通話モニターに、顔が映っている。


「藤堂、どうしたの? 奢ってくれるなら、肉がいいけど」

「朝から豪儀ですな。俺は茶の一杯で十分です」

「朝食の誘いでないなら、なんの招集? 肉は昼でも夜でもいいけど」


 画面に映った藤堂の背後には、装備庫と見える壁がある。時に見切れる他の隊員も、藤堂自身も、隠密行動用のフル装備を用意しつつあった。


「予て国分どのの懸念されていた件。動いた由に」

「ええ――よりによって、今日なの?」

「なにか不都合が?」

「ううん、すぐ行く」


 七家の者だからと疑ったのではない。面道が代表を務める初手は、日ごろから街中を巡回している。その中で仙石統尤の行動に、不審があると知れたのだ。


「どこに?」

「第二防塔の方向へ」

「やっぱりあっちか。衛士と兵部に動きは?」

「各詰め所に監視を置きましたが、今のところは」


 ベッドを出た時点では全裸であった面道だったが、一分後に部屋を出る際にはいつもの戦闘服と太刀を身に着けていた。

 それから三分も経たぬ間に、必要な物は全て装備庫で拾った。

 仙石はほぼ毎日、トレーニングとして隊舎の敷地を出ていた。それ自体は珍しいことでないが、立ち回り先がおかしい。

 スポーツ用品を専門とする商店。同じくそういうシューズに定評のある靴店。極め付きは、可愛い女性店員の居るフレッシュジュースの店。


「真面目にクソの付くあの子が、行く筈ないんだよね」

「それに気付いたのは、あなただけですよ。俺たちは報告を聞いても、普通だと思いましたから」


 たしかにそれはそうであるらしい。だが面道が詳しく調べるように頼むと、確定的になった。

 どの店でも最初の五分は談笑したり、商品を眺めたりしている。だが時計を見ることもなく、五分きっかりに奥へと消えるのだ。そこから先は確証がないが、どうもその行動に衛士や兵部の若い者たちも重なってくる。


「で、今日は?」

「通信転送基地に立ち寄ったとか」

「そんなとこで、なにするの?」

「さて、出来ることが多すぎて見当がつきませんな」


 これまでの確認と今日の行動。それらのことを、走りながら聞いた。

 初手に属する隊員の多くは、体術か身体強化の式によって高速で走ることが出来る。なにか事案が起こった際の接近は、素早く静かに行うのが理想だ。

 例えば可愛い後輩の久遠が紗々に引っ張らせるのは、複数を対象に出来て便利だ。しかし目立ちすぎる。


「あんたがやるなら?」

「俺はやりません。が、どうしてもやるとなれば――」


 主に公職施設を対象にした通信妨害、あるいは撹乱。通信データの改竄や盗用。

 通信に関する事案では、よく聞く言葉が羅列された。藤堂の言った基地は一般の回線とは離れたところにある公職用の基地で、どれをやられても重要度は高い。


「転送基地そのものの破壊、とか」

「基地施設は、バックアップが複数あります。財布には痛いでしょうが、それ以上ではありませんな。ああ、あとは通信網の隔絶とか?」


 どれも可能性はあって、それなりにダメージは大きい。だがそんなことだろうか、と面道は腑に落ちないでいた。

 国分家と仙石家は、同郷だ。前者が白鸞に本拠を移してから、数世代が経つためにそういう意識は薄くなっているものの。

 だが名ばかりとはいえ本家の所在はまだそちらであり、近隣との交流には面道も心を砕いている。

 そういうところで聞く仙石家は、やはり特別なものだった。

 式や式士に縁のない付近の住民は、仙石家を「お祈りさん」と呼んで親しんでいる。畑を耕すでなく、山を持っているわけでない。ただただ広い自宅があるだけなのに、ずっとそこに住んでいる。

 だが彼らにとって、遥か時を遡った顔も名前も知らないご先祖さまも、自身の親兄弟も、いよいよ困った時には仙石家の門を叩いたのだ。無下に出来る筈がない。

 無論、得体の知れない存在への畏れがその裏にはあるが。


「他には?」


 術士や王家に関わりある者たちからも、周囲の一般人からも、良きにつけ悪しきにつけ高い評価がある。

 長い歴史によって得た名声。若しくはその歴史そのものさえ、容易に捨てて良いものではないだろう。それをそんな小さなことの為に傷付けるのか。

 面道が欲した答えを、藤堂が示した。


「……これは大それた話ですが」

「なに?」

「防衛システムの管理にも、割り込めるとか」


 ああ、それだ。理屈などなく、納得した。

 まだ新人とはいえ、彼には立場がある。家を背負わされた人間の気持ちに、面道は寛容でいたかった。だからここまで、隠密戦と情報操作に長けた隊員しか連れてきていない。

 もしもあたしが、家を捨てて悪名を上げるとするなら。國分の娘は、首都を潰したらしいと。それくらいはやらなきゃ、足りないに違いない。

 妙な言いかたにはなるが、そうでなければ面子が立たない。そんな心情を慮る面道は、同情を禁じ得なかった。


「遅いかもしれないけど、転送基地を見てから行くよ。あと確実に分かってることだけ、統括に報告を」

「了解です」


 即座に判断を変え、走る方向も変えた。藤堂たちも、十分に着いてくる。


「なにがそんなに、あんたを追い詰めたんだよ……!」


 先頭を駆け抜ける面道の独り言は、どうやら誰の耳にも届かなかった。

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