第77話:庵ニ休ミ久遠ヲ待ツ

 どこに向かうつもりか、四神さんの足取りには迷いがなかった。通常端末で地図を見ても、城内や洞窟の形なんてもちろん載っていない。


「あの、どこへ向かってるんですか」

「さあ、どこだろうね。来た道を戻っても芸がないから、どこか別の出口でもないかと思ってるんだけど」

「おらもよぐ分がんねぐで、すまねっす」


 萌花さんが土の中を感じられるのは、それほど遠くまででないらしい。だから通路の先がどうなっているのか、動かずに探るという目的にはほとんど使えない。

 それでも落とし穴なんかがあるとするなら、それは察知出来るだろうけど。

 ともかく城を出て、土に囲まれた空洞に出た。たしかに来たときとは違う場所で、行く先に違う洞窟が見える。


「なんが見っけだら言うべ」

「頼りにしてるよ」


 土の壁面に、萌花さんはそっと手を触れた。いつか樹皮になるとは思えない、彼女の柔らかい指が、ざらざらと擦りつけられる。

 洞窟の手前に、木製の灯籠があった。これも古そうで、幸運にも土砂から逃れた物だ。

 その前を通り過ぎようとすると、点く筈のない火が一瞬、揺れた気がした。


「ん?」

「どうしたんだい?」

「――いえ、勘違いかもしれませんけど。ちょっとこれが」


 霊を通じて見る光景は、日の光に照らされた景色とは違う。だから未熟な僕では、見間違いというのもしばしば起きる。それをはっきりするには、調べてみるしかない。

 蝋燭立てには蝋燭も、他の火の気もなかった。被さった屋根は小さな家のような妙な可愛さがあるけど、やはりおかしなところは見えなかった。


「すみません。やっぱり気のせいみたいです」


 そうとは思えなかった。

 なにか気になる。でもその正体がなんなのか、分からない。常人では見えない何者をも見極める纏式士が、気配とか動きを捉えられないなど。それはつまり、そこにはなにもないのだ。

 そうと納得するしかなかった。


「気になるなら、調べたほうがいいよ。少し奥もあるようだし」

「行ぐべ」


 灯籠の奥には木が植わっていた。もちろん皆、枯れてしまっているけれども。

 それは言わば木の死体で、特に樹人である萌花さんの前でこんなことをとは思う。でも素直な感想を言っていいのなら、染料で染めたようなオレンジがとても綺麗だ。

 そうでなかったら、行かなかっただろうか。いや四神さんに言われて、萌花さんも同意しているのに、それでも行かないとは言わなかった筈だ。

 そうと思えば、これは必然。あるいは強制なのだろう。


「お社を建ててあるんでしょうか」

「どなたを祀っているんだろうね」


 飛鳥で信仰の対象は多くある。土着の神さまや、外国から渡ってきた神さま。自然崇拝も英雄崇拝も、飛鳥人は尊敬すべき対象を全て受け入れた。

 鳥居がある。ということは、土着の神さまか。元はきっと朱の色だった焦げ茶が、その色の濃さに反して清々しい。

 そこに、人が居た。

 鳥居の下。この世とあの世を繋ぐ、その結界の僅かに向こう。見覚えのある白衣姿の女性が居た。


「姉さん?」

「久南さんだべ。なんしただがな、こっただとごで」


 萌花さんにも見えている。見誤りではない。でも、この見え方は……。

 鳥居の下まで。姉さんのすぐ傍まで駆け寄った。


「姉さん⁉」


 誰も居ない。土の地面に、人の居た痕跡もない。


「久遠くん、どうしたんだい」

「えっ、いえ。いま、姉さんが」

「久南さんが?」


 追いかけてきた四神さんは、真面目な顔をして辺りを見回す。城と土砂と、その隙間に残った僅かな土地だ。誰かが隠れる場所などありはしない。


「なんだか手招きしてて」

「おらも見だっす。ちっと怖え顔しでだ」


 こんなところへ、姉が居るわけがない。でも霊のパターンは、間違いなく姉のものだった。

 問題なのは、そこに霊しかなかったということだ。生きた人間なら、殻によって薄いフィルターを通したみたいに見える。それがなかった。


「うーん。よく分からないから、やっぱり奥へ行ってみよう」

「はい――」


 いつもどおりに気軽な風で、四神さんは息を一つ吐いた。言っているまま、分からないことは見たほうが早いと踏ん切りをつけたように。

 枯れた木立の向こうへ回り込むように、参道は曲がっていた。距離としては、三十歩くらいのものだ。

 城の唹迩たちが、こちらへ意識を向けている。妨害するつもりはないようだ。でもじっと、僕たちの動きを見守っている。

 ほんの少しの距離だったのに、気持ちの上ではようやくという気がした。お社というよりも、庵と言ったほうが良いような建物がぽつんと、そこにあった。


「青い、髑髏……」


 その軒に、青色の骸骨がぶら下がっている。格子の戸は閉じているけれど、中に人が入れるほどの箱が置いてあるのも見える。


「棺桶のようだね」

「ええ……」


 もう確信があったのだと思う。思い返せばどこからかと言われれば、結局最初からとなるのだろうけど。

 四神さんの言葉に生返事をしつつ、どうすると考えもなく手を合わせた。たった三段の小さな階段を上がって、戸を開ける。

 棺桶までは、四歩。迷いなく蓋に手をかけて、そっと開けた。

 そこには人の骨があった。頭を除いた全身の。頭骨だけは見当たらない。軒にかかっていたのも別人だ。


「姉さん、こんなところでなにをしてるんですか……」


 僕は纏式士。人の死に関して、誤ることなどありはしない。

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