第76話:誘ヒノ理由ト答エハ
「中央から離れた僻地の管理者。七家のように代々必ずとはいかないが、多くの式士を排出した家系。規則に甘い面が時に見受けられるものの、遵守しようとする気概も強い。私が傍に置きたいのは、あなたのような人材ですよ」
その評価に、誤りだと指摘する内容はなかった。だが一つ、決定的に間違った部分はある。
「それは僕でなく、遠江という家の話です。その名を名乗ることは、僕と姉以外に許されず、既に存在しない家への評価ですよ。それに僕が拘束衣を着ていることも、父に言われてから、改める機会がなかっただけで」
「それがどうしました。あなたという人間はそこに居る。あなたを育んだ環境は消え去っても、あなた自身は滅びていない」
それはそうだけど。だからなんだというんだ。
吉良さんは言わずもがな。藤堂さんたちもそれほど目立たないながら、歴戦をくぐり抜けている。
その次に登用するのが僕とは、あまりに厭味が過ぎるというものだ。
「式刀を奪われたあなたが、自分を無力と感じているのは分かります。たしかにまだ、式徨に頼りきりの式士という評価は否めない」
「だったらなぜ――」
「あなたと紗々が揃った時の評価は、知らないのですか? あの荒増という方は、途轍もない威力を持った大砲ですが、自分で足場を固める術に乏しい」
国分さんからも、言われたことはある。いやあれは、荒増さんに言っていたのか。安心して大技を繰り出せるのは、僕のおかげだと。
そうなのか? と、一瞬くらいは思いもした。けれども現場であの人の技を見る度に、そんな思い上がりは粉々に崩されてしまう。
「買いかぶりです」
「そう思っていても結構。だがあなたの式刀は、私が預かっていますよ。もちろん大切にね。それだけでも、私があなたを迎え入れたい気持ちの表れと見ていただければありがたい」
「えっ」
「いやいや、ここにはありません。私も驚いたのだと言ったでしょう?」
慌てて辺りを見回して、窘められた。普段なら、多少の距離があっても紗々の居場所は分かる。しかしやはり、あの妖の霊の流れが大きすぎる。
そう思ってあらためて見ると、白鸞の防塔を食ったのよりも格段に強い存在を示していた。
食った人間の数の違いか、それとも他に理由があるのか。なんにせよ、もう人ひとりでどうにか出来るものではない。
よくも仙石さんは、こんな妖を御しようなどと思えるものだ。
「さて、どうされますか。協力しないまでも、式刀を受け取りに来ていただくだけでもいい。そうすればこちらの内情の見学にもなるでしょう」
「――それは」
紗々はもちろんのこと、絽羅の形見である万央はすぐにでも取り戻したかった。どこにあるやら分からないなら知らず、すぐそこにあると聞いては。
「相当な譲歩ですけど、遠慮します。見学したあとで、やっぱり無理ですとは聞いてもらえないでしょうから」
「そうですか。無理という結論には、ならないと思いますが。まあまた気が変わったら、言ってください」
そう僕との会話を区切ったあと、仙石さんは間髪入れずに次の言葉を言った。「それで?」と、絶冬の冷気がそこまで及んだかと思うような、凍てついた視線と言葉は、四神さんへと向けられる。
「私に協力するつもりはない。争いにも敗れた。そんなあなたがまだ、なにをしようというんです。遠江さんを連れてきてくださったことだけは、感謝しておきますが」
「そうだね。傷がなかったとしても、僕は君に勝てなかったと思うよ」
殊更にへらへらと、四神さんは笑う。厳然と見下す仙石さんとその言葉を前にしては、負けた恥をごまかしているようにしか見えない。
「四神さんまで――?」
「うん、負けたよ。国分君とやり合ったあとではあったけど、それはまったく関係ない。彼の術を見た時点で、思わず負けを認めてしまったよ」
攻守においての最強は、荒増さんと心那さん。だけどその場の状況まで利用して、なんでも有りとなったら。そこには四神さんも顔を出してくると僕は思っている。
それが戦わずして負けた?
俄には信じられず、笑ったままの横顔を覗き込む。
「結果としてそうなるかもしれないけど、直接に君の邪魔をする気はないよ。僕がいま調べているのは、この城や洞窟がなんなのかってことさ。最初に久遠くんが聞いたとおりにね」
「もう一度、同じ説明をしましょうか?」
「それはもちろん結構だよ。でも教えてくれると言うなら、通路じゃないほうの穴がなんなのかを知りたいね」
通路じゃないほう? ああ、首都の防塔にあった巨大な空洞のことか。
「あの妖も、素直なほうではなかったのでね。根が暴れた跡です」
「なるほどそれで白鸞よりも、こっちのほうが小さくなっていたんだ」
「そうです。それがなにか?」
「いや? 君たちの目的には関係ないと分かって、僕も清々してるところだよ」
真面目くさった顔を作って、四神さんは頷く。大体こういう時に言っていることは、まるきり嘘だ。
でもそれを仙石さんが気付いているのかどうか、こちらから知らせる理由はない。
「そうですか。用が済んだなら、お引き取りを。ここで争いごとはしたくないのです」
「了解したよ。なるべく穏便に帰るとするよ」
ひらひら手を振って、四神さんはあっさり背を向けた。仙石さんもそれをどうこうするつもりは、本当にないようだ。
聞きたいことは山ほどあるものの、聞けばまた寝返りを勧められる。だから僕も、四神さんのあとに続くしかない。
「ああ、樹人のあなた。お名前を聞いても?」
「反坂、萌花。だべ」
「ほころぶ蕾ですか。とても良い名をお持ちですね」
四神さんと僕の背で、萌花さんはどんな顔をしているのか。差別された者の為に立ち上がったという仙石さんと、差別され続けた萌花さん。
見ておいたほうがいいのだと思う、本当は。しかしそれは彼女の心に踏み込む行為と思えて、どうしても出来ない。
「ど、どもっす」
「あなたももし、こちらに来たいとなったら言ってください。歓迎しますよ」
萌花さんの答えはなかった。たぶん首を振って答えたのだ。それが縦なのか横なのか、やはり僕たちが見ることはなかった。
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