第75話:墓場ニ佇ム男ノ胸中
目に見える部屋の広さは、それほどでない。四方に十歩ほども幅はなく、ただしおそらく半分ほども、上から崩れ落ちた土砂に埋まっていた。
それはきっと、ここが城の最上階に近いことを示している。
「地上は、なかなかに激戦のようですよ」
畳に正座をした仙石さんは、彼の普段どおりの格好をしている。即ち藤色の狩衣。前に会った時はトレーニングウェアだったか、いつも拘束衣の僕とは違う。
「兵部と纏占隊と、錚々たる顔ぶれを囮にここへ侵入するとは。人の良いばかりだと思っていたのですが、そうでもないようだ」
この場で主役は、誰ということになるのだろう。
もちろん一人は、仙石さんだ。敵には統括の吉良さんが居るとは言え、首魁であることは間違いない。
対してこちらの三人で、彼が警戒すべきは誰なのか。考えるまでもなく四神さんだ。実力は言うに及ばず、頭の切れも僕みたいな凡人では足下にも及ばない。
「おや。私と話すことはありませんか? 今の立場はともかく、個人的にはあなたのことを嫌いではないのですが」
なのにどうして、仙石さんは――僕の目を見て話すのか。
「そりゃあ。なにから話せばいいか、迷うでしょう」
「ああ、なるほど。そちらとしてはそうでしょうね。誤解のないように言っておきますと、あなた方が来ると見越して待っていたわけではありません。私も十分に驚いています」
そうは見えないけど、嘘でもないのだと思う。これは単に勘だけど、そんなことをごまかしたって意味がない。
「ここは、なんです――?」
「ここ、というと? 朱鷺城という名で、金を集めていたとか。そんなところからですか」
「いえそれは四神さんに聞きました」
仙石さんの意識が向けられているのは僕。四神さんを横目に見ると、頷きがあった。
その上でまず聞くのは、この質問ではなかったかもしれない。クーデターの具体的な目的とか、まだテロ行為を行うのかとか。
でもあの甲冑を思うと、それが最初とは思えなかった。同じ纏占隊という場所に、ただ所属しているだけの仙石さんという人を、僕はなにも知らない。
「ならば説明する必要などないでしょう。ここは金などというただの鉱物を採る為に利用され、無残にも見捨てられた。それを私は哀れに思い、呪縛から解き放とうとしている」
「呪縛?」
「誰かがそう施した、ということではないですよ。生き埋めに遭ったという死の瞬間の記憶は、霊になってもなかなか解けるものでない」
自分たちは埋まってしまったから、土の上に出られない。その思い込みが、彼らを唹迩にしていたというのか。
いや、あり得ないとは言わない。そんなこともあるだろうとは思う。
でもそれなら、どうしてまだ彼らは居座っているのか。甲冑が浄化されて、襲ってこなくはなった。けれどもそこらじゅうに、身を潜めているだけだ。
「まだ完全ではないんですか」
「いえ、そちらは解けましたよ。しかしもう一つ、土を掘れという命令が生きているようで」
「土を?」
「その命令を出した人間。おそらくここの領主とか、そういう者でしょうが、その霊はここに居なかった」
その人物をいま探しているように、仙石さんは視線を左右に送る。その仕草からは、自分で調べたのだと、話す内容に確信を感じさせた。
「しかし彼らにとって、命令とは打ち消されない限り永遠のものだ。当人たちが半分は望んでいることなのでね、難しいのですよ」
「それは――なんというか、見上げた心意気ですね」
どうも話がおかしい。
ここに金塊が溜め込まれていて、それを奪うのが目的であったなら、こんなことを言うだろうか。
仙石さんの力量を直接に知っているわけではないけど、荒増さんに勝った人だ。そんな手順を踏まずとも、ただ目的を達することだって出来る筈じゃないか。
「金、は。金はどうしたんですか」
「金? どうしたと言われても、時渡りが出来るわけではないので分かりかねますよ」
「なんです? あなたがここへやってきたとき、既に金はなかった。そういうことですか」
仙石さんは、顔に感情が薄いほうだろう。先日のシャーベットの話などは、かなりはっきりと嫌悪の表情を見せたけど。
それには及ばないながら、不審の色が見える。まさか自分を盗っ人呼ばわりでもする気かと、そんな風に感じたのだと思う。
「ええっと。洞窟の中とかこの城とか、状況的にはまだ残っているものと思ったので」
「私もそう思いましたよ。私は感心しませんでしたが、吉良さんはそれを活動資金に出来ないかとも言っていました。しかし事実は、なかったのです」
僕たちこそ、横取りでもする気だったのか。言われても表情から察したわけでもない。が、僕ならそう考えるだろうなと思って、自分が下卑た人間に思えてしまう。
「では、今も呪いを解こうと?」
「まさか。こんな争いの只中で、片手間に出来ることではないですよ」
「じゃあ、なにを」
「過去のことならともかく、これからのことを敵に教えると思いますか?」
それはそうだ。当たり前だ。
仙石さんは一人で居て、こちらの質問にも答えてくれていた。休憩中かなにかと勘違いしていたかもしれない。
「教えても、構いませんがね」
「え?」
「遠江さん、あなたとは親近感を覚える。もしもこちらに協力してくれると言うなら、それは当然に全てをお話しますよ」
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