第71話:古キ都市ノ纏フ因縁

 城内の天井は、概ね低い。背の高い四神さんは、梁が出ている場所をいちいち屈まなければならないほど。

 部屋は板戸か障子か襖のどれかで隔てられていて、部屋同士がいくつも連なっている。それで部屋の大きさが一定していないから、全体的な繋がりが分かりにくい。


「生き埋めになったんですね」

「そうらしいよ。こっちの建物は、みんな大人しいもんさ」

「たんと居らっさるべな……」


 三人で歩きながらも、誰からとなく話し続けていた。見える世界が、自分たちと一枚違った世界だと確認するように。

 地下のこの城では、ずっと夜なのだろうか。

 廊下を歩くにも提灯を持った下男。灯明を運ぶ女中。その灯明で書物を読む、若い剣士。火を囲んで酒を飲む兵たちと、静かに巡回をする兵たち。

 廊下にも部屋にも、元の住人が溢れている。誰も彼も生きてはなく、魂や莫乃として。

 形を残した骨も、あちこちに見える。きっと埋もれて城は崩れなかったものの、酸欠になったのだろう。明かりと火の暖かさを求めるのは、そのせいかもしれない。

 誰の声も聞こえない、賑やかで悲しい夕べの宴だった。


「ここでなにを――いやそれを調べるのは分かりますけど、なんの為に?」


 ふと。彼らの平穏を崩すのは、悪だと感じた。霊を自分勝手に利用し、都合が悪ければ浄化させたり消滅させたりする纏式士が、なにをか言わんやとは思うが。

 ここには仮初めながらも、日常がある。昨日の続きで、明日に続く今日を過ごしている。永遠の夜ではあっても、きっと彼らはそれを受け入れている。

 これを僕なんかが、どうにかしていいものなのか。四神さんは、肯定するだけの理由を持っているのか。


「この上にある町が、どうして塞護という名になったか、知ってるかい?」

「え? えぇと――妖たちの争いの時に川が氾濫して、ここにあった谷を塞いで首都を守ったから。でしたっけ?」


 また、四神さんは僕の質問に答えなかった。それでも咄嗟に答えたけど、これは伝奇だ。

 たしかに飛鳥には、派閥を作って戦争をしてもおかしくないだけの妖が棲む。でもそれが人間の記録に残ったことはない。

 その土地土地の民話などで語られるだけだ。それにはもちろん全くの空想も多くて、歴史として採用するか判別がつけられない。


「ああ、そういう話もあったね。でも僕が言いたかったのは、そっちじゃない。教科書に載っている話さ」

「教科書に?」


 学校とかそういう所へは、僕は所属したことがない。きっと水準として、もっと高い教育を受けてはいると思うけど。

 そのときに使っていた資料には、塞護の詳しい歴史など載っていなかった。強いて思い出せば、今の白鸞を治めていた領主と反目していた土地というくらいか。

 歴史的にこれという戦があったとも記されず、年月が過ぎる中で併呑されたと、一行か二行ほどで済まされていた。


「昔ここには、朱鷺あけさぎと呼ばれる城があった。当然に僕たちの居る、この建物のことだ。そこには城だけじゃなくて、大きな町もあったそうだよ」

「その名前は初めて聞きました」

「だろうね。僕も知らなかった」

「――教科書に載っていると言いませんでしたか」


 そうだったっけ。なんて、また笑ってごまかすのだと予想した。そういう無意味な嘘や冗談を挟むことで、煙に巻くのがこの人だから。


「言ったよ。でも学校で使う、歴史の教科書じゃない」

「んん? じゃあ、なんなんですか」

「形としては残らない教科書でね。人から人へ、教訓として伝わるんだよ。タイトルを付けるなら陰謀とか裏工作、かな」


 四神さんは先頭を歩いている。ただでさえ表情や声質を読みにくいのに、これでは普段となにも変わらないようにしか思えない。

 きっとこれは、四神さんの仕事のやり方を、ちょっとだけ教えてくれている筈なのに。


「ここへ来るのに、僕たちが通った洞窟なんだけど。あれ、白鸞の防塔まで続いていたよ」

「ええっ?」

「うんと掘っただな」

「ただの岩に偽装した隠し扉とか、楽しい仕掛けもあってね。僕は大丈夫なんだけど、穴が崩れるんじゃないかって冷や冷やしたよ」


 それだけの距離に地下の穴を貫通させるとは、今の技術でもかなりの手間を食う。土を扱うことに長けた纏式士というのも居るけど、穴掘りをさせたらどうなるのかはよく知らない。でもやはり、簡単なことではないと思う。

 そんな穴を崩落させてでも、というトラップ。そんなところに、なにもないわけがないだろう。


「それが、ほとんどなにもなくてね」

「そんな馬鹿な」

「いや、あったんだと思うよ。そういう痕跡はあった。でも古いし、洞窟だし、みんな腐ってたんだ」


 なるほど、それはそうだ。当時の筆記具と言えば、紙とか木とかだろう。風通しのいい、あるいは全く動かない囲われた中ならともかく、湿った土ばかりではそうもなる。


「それでその秘密の通路を使って、敵同士と思われていた二つの土地は協力していた。事実は一方的な支配だろうけど」

「なるほど――?」

「だけどある日突然に、それは終わったんだ。見てのとおり、埋まっちゃったからね」

「当時の白鸞側が、そうしたと?」


 どうやって。という部分は抜きにしても、そうとしか思えなかった。そうでなければ、なだらかな平地と言っていいこの辺りで、どうして城なんて物が土に沈むというのか。


「絶対に違うとまでは言えないけど、たぶんそうじゃないと思う。犯人は、秘密を知った他の誰かだ」

「他の?」

「古い地図を見るとね、この城は二つの山に挾まれた谷あいにあるんだ」

「山っこさ、ねがっだべ」

「そうだね。その山は、この谷を埋めちゃってるから」


 それは、単に事故としても珍しい。一つの城への攻め手とすれば、大それたものだ。そんなものがどうして、表の教科書に載っていないのか。


「そのおかげで、川の流れが変わったってことにはなっているみたいでね。そのおかげで、白鸞へは水害が及ばなくなったというのが、さっきの問いの答えだよ。敵ながら、谷を塞いで守ってくれたってね」

「水害って、塞護の向こうに川はありますけど、遠いですよ。もしそれが塞護に害を及ぼしても、白鸞まではとても――」


 僕の言ったそれが、もうほとんど真実なのだろうとは思った。でもなにか、決定的なピースが足りない。

 それを「だからさ」と、四神さんは笑ってなにかを見せてくれた。


「裏工作なんだってば」


 差し出された手には、妖しく光る金塊があった。

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