第70話:地下ニ眠ル秘密ノ処

 粗忽さんからもらった見取り図にもない、そもそも正規の工事で作られたのでさえもない、ただの洞窟のような穴を進む。

 これはなんなのか、どこへ行くのか。聞いても「まあまあ、もうすぐだから」としか答えはなかった。

 萌花さんとは、時々なにごとか話しているようだけど、なにか説明をしたのだろうか。びくびくしているのがデフォルト、みたいな部分のある彼女が黙々と歩いているところをみると、そんな気がした。


「……僕が君に世話を焼くのは、それにもまあ色々とあるんだけどね」

「はい?」

「とりあえず今は、やってほしいことがあるからなんだよ」

「はあ、なんですか」


 なんのきっかけがあったのか、四神さんは急に話しだした。あちらが前を歩いているのだけど、一度ぐりんと首を動かして、僕に視線を向けた。だから僕に言っているのは間違いない。


「ちょっと、ある建物の中を調べてほしいんだ。自分でやろうと思ったけど、なにせ広くて」

「建物? 塞護のですか」

「場所はそうだね。でも違うかな」


 向かっているのは、塞護の方向だと分かっていた。というか少し前に、地図上では市街地に入っている。もちろん僕たちが居るのは地下なので、風景はずっと変わらない。

 生き先もだけど、不思議なことが一つあった。僕たちはずっと、のだ。

 部隊が集結したのは、少なくとも塞護から二十キロ以上も離れていたはず。九門陣で多少は移動したけど、元の位置が見えていた。

 時間で言うと一刻ほどで、普通なら精々が二、三キロ進むくらいなのに。


「ん――ああ、時間かい?」

「え、ええ。計算が合いません。地図情報が狂ってるんでしょうか」


 通常端末に表示させた地図を、じっと見ていることに気付いたようだ。四神さんは「いやあ」と頭を掻いた。


「原因の憶測はあるんだけどね。まだ説明出来るほどじゃない。でもその地図がおかしいわけじゃないと思うよ」

「そうなんですね」


 まだ説明出来ない。憶測。つまり、調べている最中。

 僕が優れた纏式士になれるとして、どんなになりたいか。それはもちろん父のような、実力に裏付けされた自信と知識を、万遍なく振るう姿が思い浮かぶ。

 それは悲しいかな、現在で言えば荒増さんが最も近い。父はいつも紳士だった。僕に対して厳しく指導してくれる様だけを抜き出せば、荒増さんになるかもしれない。


「これから行く場所にその答えか、最悪でもヒントがあると僕は思ってるんだ」

「ただし広すぎて、一人では調べきれなかった?」

「ちょっと違うね。調べる時間が作れなかった」

「時間が?」


 対して四神さんは、口調とか虚実ないまぜで話すこととか、そういうまた独特なところを除けば、紳士だ。

 単独で行動することが多く、気が付いたらいつも最前線に居る。そんな中でいつの間にか、重要な情報なんかを持ち帰ったりする。

 きっと僕がなれるのは、こっちだと思う。


「さてお待ちかね。ようやく到着だよ」

「到着って……なんです、あれは」

「なんだが、大っけな建物みでだな」


 僕の目には、人工の物ではあっても、建物とは見えなかった。洞窟の先が半分ほども、木板で塞いであるとかそんな風に。

 でも近付いてみると、穴と板とは接していなかった。しかも大小の横木が渡してあって、きっと萌花さんはそれを根拠に建物と言ったのだ。


「こえ――お城だが?」

「そうだよ。なんて偉そうに言ったところで、僕もさっき見付けたんだけどね」

「城? いつの時代の――随分と古そうですけど」


 そこは大きな空洞になっていた。

 僕たちの進んできた穴は、その空洞のちょうど中間辺りの高さに突き当たっている。

 頑丈に組まれた板壁。その要所には漆喰が塗られて、瓦の屋根先も見えている。囲いに空いた、いくつもの細い隙間は矢狭間やざまだろう。

 千年ほども前の時代に使われていた、城の特徴があちこちにあった。だが下を見れば石垣のてっぺんしか見えず、上を見れば二階の途中までしか見えない。


「丸ごと埋まっちゃったんですね」

「そうみたいだね」

「え。もしかして、調べるのはここですか」

「ご名答だよー」


 大きな空洞であることは間違いないけど、城の大きさからすれば、ほんの一部が露出しているだけだ。

 どうしてこんな穴が空いているのか、そこにどうして横穴が続いているのか。

 それは当然に不思議なのだけど、どうして四神さんがこれを知って、なんの為に調べているのかが最も分からない。


「――こえは四階建てだねや。んでも隣に、もっと大っけなのがある」

「お、さすがだね。そうなんだよ、そっちが広くてね」


 土に触れた萌花さんは、埋もれた先を指さして言った。樹人としての感覚。それは羨んでもどうもならないものだけど、マシナリさえ失った僕の無力感がそうさせてしまう。


「調べるのは分かりましたけど、なにをです? それにどこから入るんですか」

「見付けてほしい物があるんだよ」

「それは?」

「誰かに取って大切な、何か」


 意味ありげに、四神さんは城の壁を見つめる。その言葉でも態度でも、さすがにどういうことだかさっぱりだ。


「なんの詩ですか、それ」

「いや、そうじゃなくてね。誰が置いているのか、物がなんなのか、分からないから探すんだ」

「重要書類とか?」

「そうかもしれないし、誰かが誰かに贈った品物かもね」


 四神さんのポーズには意図があったのか、僕がスルーしたことに苦笑が返った。それはまた今度埋め合わせるとして、やはり目的が雲をつかむような話だ。

 しかし調査というのは、元来そういうものだろう。まずはやってみるしかない。


「入るのは、そこからだね」

「四神さんがやったんですか」

「……仕方ないだろう。枠を外そうと思ったら、折れちゃったんだよ」


 そこには、格子がはめ殺しになった窓がある。手がようやく差し込めるくらいの間隔の格子は、真ん中の辺りがごっそり折れてなくなっていた。

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