第69話:機械ニ宿リシ魂ノ名
「久遠くん、どうした! 久遠くん!」
どうした、って。僕はただ、質問をしているだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。それともあれか、僕は知りたいことを聞くのさえ、自由ではないのだろうか。
――それが正しいのかも。
「僕は弱いから。僕はなにをしたって、うまく出来ないから。だからみんな、教えてくれるんですよ。教えるっていうのは、痛いことで、怒ることなんです。でないと僕みたいな馬鹿には、通じませんからね」
「おい、どうにかしろ――してくれ!」
「久遠くん!」
なぜ教えてくれないんだ。あれだけ偉そうにしたんだから、せめて知識くらいある筈だろう。
それとも思ったとおり、僕に教えることも出来ないほどに馬鹿なのか?
目を合わせることさえ拒んで、衛佐は両腕を突っ張って僕を押し返そうとする。四神さんも僕の肩を押さえて、引き剥がそうとしているようだ。
大丈夫。僕は質問をしたいだけだ。
「教えてくれないんですか? それならやはり、あなたは正しくない」
「やめろ久遠くん!」
上げた左手を、奴の手首に振り下ろした。
でもそれは、空を切る。僕の身体は無理やりに後ろへ飛ばされたからだ。四神さんに、背負い投げをかけられた。
転がるように受け身を取って、すくと立つ。奴の手前に、四神さんが僕を見ていた。
困ったような、憐れむような目をさせているのは、僕のせいか。それなら申しわけない。
「君たち! この衛佐は、僕の判断で拘束する。君たちは、それでもこの男に殉じる輩かい?」
「はっ! いえ、そうではありません。その特権と命令ゆえに、従っていたまで」
「き、貴様ら……」
「なら、身柄は預けるよ。一応、監視はつけさせてもらうから、ここで口先だけという考えは捨てたほうがいい。なにしろ彼と君たちと、どちらを優先するかと言えば、彼だ」
この意味が分かるよね。とは、四神さんは言わない。
買い出しのリストを読み上げるように淡々と言って、頼むねという意を込めて微笑む。そういう時と同じ笑みを見せるだけだ。
それで十分に、なにごとかの伝わったらしい衛佐の部下たちは、ごくりと唾を飲んだ。
「も、もちろんです。信用してください。我らとて、王国に忠誠を捧げる心はあります」
「それは助かるね。僕もここに身一つだから、離れたところでなにが出来るわけでもない。ああ――撮った映像は、僕が責任を持って処分しておくから、安心していいよ」
腕に電磁錠をかけられて、衛佐は指揮車で運ばれていく。彼の数人の元部下たちは、四神さんを新たな上司のように移動開始を報告していた。
それ以外の人たちには、反乱側の兵部たちの遺体処理が指示された。いや四神さんに言わせれば、丁重にお願いしただけだよとなるのだろうけど。
「あの」
「なんだい?」
「すみません。どうしても聞きたくて、抑えきれなくて」
「そういうことは誰にだってあるものだよ。すぐに冷めるさ。久遠くんはいつも冷静だから、ちょっと驚いたけどね」
四神さんがどこへ向けてか歩き出したので、僕も続く。萌花さんはまだ、四神さんに優しく肩を抱かれたままだ。
僕の気持ちは言われたとおり、もうすっかりと冷えていた。深夜のテレビショッピングで見た商品を、翌日の忙しい昼間に思い出したみたいに。
「本当にすみません」
「いいよ」
「でもよくこんなところに、偶然来られたものですね」
「そうだねえ。偶然っていうのは、怖いものだね。なぜだか僕のマシナリに、久遠くんの居場所がマーキングされたりされなかったり」
「監視してるんですか?」
「庇護と呼んでほしいね」
父に切られた僕を病院へ運んでくれたり、その後もあれこれやってくれる四神さん。自分のせいで、僕が切られてしまったなんて、そんなことあるわけないのに。
でもまあ、こういう油断のならない人が優しくしてくれるというのは、ありがたい話ではある。どうしてもやめてほしいわけでもなく、断りもせずされるがままを続けている。
「あれ、でもマシナリ――」
「うん、クラックが仕掛けられたね。汎用の
公職に在る人たちの使う通常端末。誰でも使える一般端末。兵部と衛士の使う支援端末。纏式士の使うマシナリ。
どれも基本動作を制御する
少し違うのは通常端末と一般端末で、機能がとても簡略化されている。僕もあまり詳しくはないのだけど、やっていることはACI登場以前に使われていたウイルス対策機構と、あまり変わらないらしい。
それ以外。マシナリなどに搭載されたものは、人格を持っている。言ってみればAIのようなものではあるけど、どうも中身が違うようだ。
「
「イエス、マスター。先刻のクラックは、式術によるものです。ただしこれ以上の詳細は、審査不能です」
愁秋は、四神さんのACIの名前。その合成音声が、腰の辺りから聞こえた。
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