第72話:地下迷宮ニテ宝探シ
歪な表面ではあるけど、なにか器に溶かし入れて固めたような形。僕の拳の半分ほどもある。当時も今も相場を知らないが、莫大な価値が付くことは間違いない。
「ええと、どういうことです? お話が大きすぎて……」
「つまりね。この城は、白鸞の隠し金庫じゃないかってことさ。あの洞窟を通って、毎度必要な分だけが運ばれていた」
「ええっ? そんなことがあるんですか。そんなことをして、その朱鷺城に得があるんですか」
ここに保管するというなら、採掘場所が近いに違いない。だとすれば金は、この土地の資源で財産だ。それを秘密裏に運ぼうなんて、正規の取り引きが行われたとは考えにくい。
「僕の勝手な想像だってば。それに損得なんかなく、一方的な支配だったんじゃないかとも言ったよ」
「搾取、ですか。正しくありませんね」
「まあね。健全でないとは同意するよ」
わざわざ振り返って、肩を竦めて見せる四神さん。皮肉なのか、単に苦笑なのか、口角も僅かに上がった。
「あれ。萌花ちゃん、どうしたの?」
その声で、彼女が頭を抱えているのに気付いた。頭痛でもするのか、側頭部を両方の指でぐりぐりとマッサージしている。
「難しぐで、よぐ分がんねがっだっす」
「あははっ、問題ないよ。要はね、ここは突然に埋まっちゃったわけだから、金が残ったままの筈なんだ。でもさっき見せたみたいな見本とか、ちょっとした欠片なんかしか見つからない。それっておかしいよねってこと」
四神さんも相手によって油断などするのだろうか。どうも萌花さんには、重要なことをあっさり話している気がする。
「別に盗んだ人さ居るんでねが?」
「でしょうね。しかもその人たちは、たった今この上に居る」
「そういうこと」
風化の進んでいないこの空間を見れば、つい最近まで閉ざされたままだったことが分かる。
そんな中で金塊がなくなっているというなら、それ以外には考えにくい。
「ここに金はあった。そして今はなくなっている。その証拠を探すんですね」
「それも目的の一つだよ。でももう一つ、その昔々のお話に、ある人物が関わっていた証拠もね」
「ある人物?」
その名を聞いて、ある種の驚きはあった。でもそうでなければ、どうしていまさらこんなところへ目を付けたのかも、説明がつかなかった。
「方法とか問題はあっても、崇高な使命を感じているんだと思ったんですが」
「さあ。それも本人に聞いてみないと分からないよ」
これは仙石さんに対して思ったことだ。差別に対する報復なのかと思っていたら、なんのことはない。墓場荒らしだなんて。
「さあて。それもこれも、後のことだ。ここからが僕の頼みなんだ」
「ここから?」
「まさか、ただ三人で探し歩くだけと思っていたのかい?」
廊下に窓はある。でもその外は、土に埋もれてなにも見えない。先を見ると、壁の感じとか天井の高さとか、ここまでよりも少し質が良くて広くなっているように思えた。
どうやら萌花さんの言っていた、もっと大きな建物のほうに着いたらしい。
「なんだか知らないけど、この中は唹迩だらけなんだよ。迷惑なことに、大霊クラスもたくさん居てね。とても調べものの片手間にはならなくってさ」
「ええと――僕たちが探索を?」
「頼むよ」
拝んだ手をひらひらと振って、いかにも気楽そうだ。この四神さんが対処に専念しなければならないほどの唹迩たちを背中に感じながら、どんな物かも分からない物探し。
「ぞっとしませんね」
「まあまあ。萌花ちゃんは、やる気みたいだよ」
「や、やるべ!」
彼女は両手を胸の前に拳を作って、意気込んだ風の格好をしていた。あれで冷や汗がなく、腕をふるふると震わせていなければ、心強いのだけど。
「ふぅ。分かりました、どうせやらないって選択肢はないんですから」
諦めに似た覚悟を決めて、廊下を先に進んだ。いよいよそこが建物の境という敷居を越えて、足を踏み入れる。
「あっ、久遠くん!」
と。目の前に霊が降ってきた。それも四、五体まとめて。
それぞれ手には槍や刀を持っていて、朧な目は明らか僕に敵意を向けている。
考える暇なんてない。なんの用意もなく、最も素早く対処する術を僕の身体は勝手に採用して実行する。
「
右手を剣印に。僕の霊を刃だと意識して、名のとおり唹迩を裂く。
素早い対処には持ってこいだけど、相手の存在が強いと全く効果はない。
「いいね。久遠くんは、そっちの役がお望みかい?」
「まさか。おいしいところは譲りますよ、なんて冗談を言う気にもなりません」
今回は通じた。しかし次は、もう通じないかもしれない。一体ずつ、刀で切るのと変わらないこの術では、手数も知れている。
どう考えたって持てない荷物は、最初から持つべきではない。
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