第66話:行違フ二人ノ価値観
「おらたづの一生は、二回あんのず」
「二回?」
「んだ。おらはまだ一回目で、人の形してんず。これが壊れちまっだら、若木になるのず」
これ、と。浴衣のようなその着物と同じように、萌花さんは自分の身体を、単なる物として言った。
若木。若い木。樹木。この辺りにも少しは生えている、葉を茂らせた樹木たち。
そういう、次の物になると。
「え――えぇ? 樹人は人として死んで、その後は木になるってことですか」
「死んではねす。んでもそんだ。そう言っでるべ。おらたづはそんで、永遠に生きるのず」
だから、樹人の集落が見つからないのか。
自分の親や先祖が、姿を変えただけの森。そんな木を切り倒す筈がないし、火を焚くこともしない。墓を作る必要もない。
「どうしてその話を? 秘密なんじゃ――」
「秘密でもなんでもねえす。聞がれだがら、答えただけず。聞がれだのが初めてだはんで、言っだのも初めてすが」
「そうですか――」
聞いてしまえば。いや驚いたのは間違いないけれども、聞いてしまえば単純な話ではある。それがどうして、世に知られていないのか。
理由は簡単だ。誰も樹人たちと、語り合わなかったからだ。
「人を愛で、人に愛でられれば、私たちは永遠を生きられる」
「え?」
「母さんが言っでたず。そうでねば、大木にはなれねぇず」
繰り返し聞いて覚えたのなら、萌花さんのお母さんは、そのとおりのことを言っていたということになる。
「いや、ええと。お母さんは、訛ってなかったんですね」
「あ……」
「す、すみません! 別に萌花さんの言葉がおかしいとかじゃないですよ! ただ、違うんだなって思っただけで! 萌花さんの話し方、可愛いと思いますし!」
真っ白な萌花さんの頬が、まず赤く染まった。僕が言いわけをすればするほど、その色は額や首にまで広がっていく。
「すみません、貶したわけじゃないんです――」
「だ、大丈夫だべ。貶されだっで思っでねぇべ」
両手をぶんぶんと振って、彼女は顔も伏せてしまった。怒っているのか泣いているのか、悲しませてしまったのは間違いないみたいだけど。
「本当にすみません」
「自分の生きる場所は、自分で探しなさい」
頭を下げて謝ったのだけど、萌花さんはどうも関係のないことを言った。それもその筈、彼女はまだ顔を伏せて、僕を近付けまいと両腕を伸ばしていた。
「えと、それもお母さんの?」
「んだ。だどもそっただごど言われても、父さんも母さんも居るどご、離れる
「そうなんですね。でもそれならどうして?」
父が生きていたら、ぼくはまだその傍に居たのだろうか。
もしもあの時、腕だけでなく、命まで断とうとしていたなら。その仮定も虚しいものだけど。
僕は父の傍に居る資格もない、ということだから。
「人間を見でみだぐなっだべ」
「人間を?」
「おらたづ以外の人たづは、怖えなっでずっと思っでだ。んでもそんでない人も居るのが分がっだのず」
「樹人だから、ですか。それはなんとも……」
僕がすみませんと言ったところで、なんの意味もない。そんな上っ面の言葉、お互いに虚しいだけだ。
「いいんだず。おらがそう思えだのは、久遠さんたづのおかげなのす」
「僕たちの?」
「んだ。そえで纏式士にもなるで思っだず」
僕たち。ということは、荒増さんも勘定に入っているのか。纏式士になるのをどうこうとなると、間違いなくそうだろうけど。
「ええと――」
「なんだが?」
「すみません。僕、か荒増さんか、なにかしましたか?」
「…………覚えでねえのが?」
「ええと……すみません」
握った拳が、ぷるぷる震え始める。萌花さんの表情が、忙しい。むうっと、困ったようになって。怒ったような疲れたような顔で、ふうっとため息が吐かれる。
「いいべ。おらが勝手に、そう思っでるだけだがらな」
「あの、ヒントとか」
さすがに無理かとは思ったけど、食い下がってみた。すると「ねえべ」と、平たい言葉が返ってくる。
僕はそんなに頭が悪かっただろうか。萌花さんがなにを言いたかったのか、結局なにも分からなかった。
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