第六幕:有為転変

第65話:突通ルモ届カヌ言葉

 九門陣はその後、半刻ほどで解かれた。

 甲式の突進を止め、砲を破壊してのけた心那さんを前に、よく持ったほうだと思う。

 思ったとおりに再度の突撃があって、それを叩きのめした心那さんは、降伏を勧告した。これを相手が受け入れたのだ。


「あれ。他の人たちは……」


 結界が消えても、近くにたくさん居たはずの纏式士たち、それに兵部たちの姿が見えなかった。

 居るのは、自分たちで拘束させた敵の兵部だけだ。


「言ったでしょう、どこへだろうと出入り自由だと」

「ああ――企業の人たちもですか」

「鬱陶し、いえ、こちらでは満足に応対出来ませんから」


 なるほど、どこか別の場所へ展開させたわけだ。九門陣の中を通ってなら、あちらも索敵しようがないはず。

 しかしすると、姉も兵部と一緒に居るわけだ。僕が居たところでなにも変わらないけど、やはり姉という肩書きの所在は多少気になる。


「久遠くんは、後詰めが来るまでこの人たちを見張っておいてください。二人でね」

「後詰め? 心那さんがここに居るのに、どうやって出てくるんですか」

「そろそろ遠方の都市からも、増援が届くはずです」


 それはそうだ。むしろ遅いくらいだ。首都を含めた二つの都市が危機だというのに、他の都市が放っているはずはない。

 だけどあまり多くもないはずだ。そちらを手薄にしては、第三、第四の被害が発生しかねない。


「愚問でした、すみません」

「自分の判断を盲信するよりは、いいと思いますよ」


 捕えた兵部たちの拘束がしっかりしているか確認をした上で、心那さんも前線を追いかけると言った。

 そうは言っても多勢に無勢。兵部たちが反抗する気も起きないようにしておくと、周囲の石の下になにやら式符を置いた。


「その式符は――」

「この範囲内に居ると、体温が三度ほど上がります」

「うわ……」

「まあそれは錯覚なので、健康上の被害はさほどないはずですが」


 そんな高熱を、僕は一度しか覚えがない。それまで元気だったのに、これは重い病で死ぬんじゃないかとさえ思った。


「あ、いえ。そうじゃなくて、その式符。持ってたんですか?」

「いえ、いま作りましたが」

「マシナリは壊したんじゃ……」

「わたくしがですか? わたくしのマシナリは、ここにあります」


 口元を鉄扇で隠し、フフッと笑う。騙された。壊したのは、ただの櫛だ。でもそれだと、あの変な暴走の心配が残る。


「誤動作のことなら心配無用です。わたくしの結界は、何者に対しても鉄壁です」


 そう言われては、そうなんですねとしか答えられない。守備や防御に関して、この人の右に出る人は居ないのだから。


「ではお二人とも、くれぐれも油断のないように。それと、無理のないように」


 着物に似合った、しずしずとした歩みで心那さんは去っていった。夜の一人歩きの心配はともかく、あんな調子で追いつけるのだろうか。


「ふう……」


 心那さんや姉の前では、きちんとしていなくてはと気が張ってしまう。それがなくなって、力が抜けた。脚が怠くなったような気がして、その場に座り込む。


「久遠さん、なんしたが」

「ああ萌花さん、すみません。ちょっと気が緩んでしまったみたいで、大丈夫ですよ」


 口を横に結んで、萌花さんは厳しい表情を見せていた。ただ怒っている、というのとも違うようだけど、なんのヒントもなしでは真意は知れない。


「あの。どうかしましたか」

「……久遠さんだば、なんして纏式士になったが?」

「どうして纏式士になったか、ですか。それはもちろん、お聞きになったとおり、父がそう育てたからですよ」


 僕になにか、ダメ出しをしようとでも言うのかな。などと、ちらと思った。でも彼女の性格を考えると、それはなさそうに思う。

 それになにか、難しげな。つらい? 悲しい? というような表情だ。

 人が人に指摘をする時は、父のように怒ってか、荒増さんのように皮肉に笑ってかするものだ。


「本気でそう思うんだが――?」

「え? えぇ。そう思って、ますけど。なにかおかしかったですか」

「おがしな」


 おかしい? なにが? ちょっとした言い間違いとか、前後の話の食い違いでもあったか?

 ああ、そうか。僕のような素質のないやつが、纏式士になるのがおかしいということか。父の勧めなど、忘れてしまえと。


「新入隊の萌花さんから見たって、頼りないですよね。すみません。でも僕がやりたいことって、他にないんですよ。父が唯一、示してくれた道だから」

「父さんさ言われだがら。そえ以外だば、理由さねな?」

「そうです。理由はそれだけです」


 薄弱な理由に聞こえるのか。そうかもしれない。でもそれは、人それぞれではないのか。

 僕は荒増さんのように、自分の考えがどんなことにも優先する、みたいには思えない。


「ええっと――こんなことを言ったら失礼かもしれませんが。萌花さんのご両親も、亡くなってるんですよね? もしそのご両親が、常々言っていたこととか、遺言とか残していれば。それを叶えたくなりませんか」

「なるど思う。んでも久遠さんのは違うべ」


 きっぱりと。最初に会ったときの自信なさげな姿からは想像出来ないほど、きっぱりとした言葉。

 どうやらこれが、萌花さんの言いたいことらしい。なにか他の話をするための、導入とかではないようだ。


「おらも、こっただごど言っでいいのが分がんね。んでも、すったげおがしなとてもおかしなごどだ。おらが同じだら、纏式士だが絶対やんねって思う。纏式士て、聞ぐのも嫌んなる」


 ――なにを言っているんだろう。

 父が勧めたものを、嫌になる。やらない。そんなことの、あるわけがない。萌花さんは、いったいどうしたっていうのか。


「おがしなのは、そごんどごだ。あ、あどな。おらの父さんも母さんも、亡ぐなっではねえべ」

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