第64話:誰モ隠シタル事有リ
也也は激怒していた。怒りつつ、走る。
なにに向けてかと言えば、己にだ。この二十年ほどの間、自分は全く成長していないではないかと。
十歳に満たなかったあのころより、走る速度は上がった。元となる身体能力に然り、自身の霊の一部を
「
式徨とは、御魂である。二つの定義の差異を言えば、式刀に封じられているや否や、その点のみ。
御魂とは、捕えた霊に式士が術を施し、存在を強めたものだ。核となる霊は人であることが多く、しかし樹木や動物を使用する式士も少なくはない。
「真白!」
真白を置き去りにした場所に、彼女は居なかった。代わりにそこへは、地面に空いた大きな穴がある。
あの唹迩の大群は、地下から現れた。地表のすぐ下へ、塞護の中央に控える妖の根が伸びていて、察知出来なかったのだ。
穴はその根を焼いて出来たようだ。すると作成者は、真白だろう。
底を覗くと――居た。
真白の霊が弱まっていて、他の雑多な霊と区別がつけにくかった。それほどに彼女は、消耗していた。
「いま行く!」
「……あ、あぁヌシさま。遅うございますなあ」
「馬鹿野郎、てめえ! 誰が全部片付けろっつった! なんですぐ移動しねえ!」
「なぜと言えば――あの唹迩どもが、泣いておったからですなあ。この土地に縛られて、いつまでも
無事だ。ぼんやりした様子で、じっと立ち尽くしているのは、消耗を避けるためだろう。
この土地と促されて、也也は辺りを見回した。久遠が言ったのは、これのことだろうか。
聞いた話よりは、随分と狭い。しかしそれでも、十メートルほどの高さはあるだろう。
だが真白が居るのは、その底がさらに窪んだ穴。崩れた土砂が溜まっているのもあって、それほどの深さではない。が、どうもおかしい。
「真白、まずは戻れ」
「忝のうございますなあ」
大太刀を抜き差しする必要はなかった。真白が戻るのは、そこでない。也也が密かに首から提げる、
「
なぜなら真白は、式徨ではない。生きた人間の魂に術を施した存在。独自の術であるそれを、也也は荒御魂と呼んでいる。
石に戻しておけば、式徨と同じく也也の霊を吸って回復することが出来る。だがここまで疲弊していては、完全な回復にしばらくかかるだろう。
「さて――」
今度は大太刀を抜いた。業物ではあるが、式刀ではない。それでも也也の身を、長く守ってくれている。
霊もそれ以外の気配も、ぐるりとどこも同じように見える。だが一点、朧に怪しさを感じた。
そこへ刀身に気合いを乗せて叩きつける。
「あははっ。よく気付いたね」
「てめえ――ここで何してやがる」
「なにって、覗き?」
「いけしゃあしゃあと言うんじゃねえ」
退いた土砂の向こうに、四神が居た。大太刀を向けても突っ立ったまま、構える様子もない。
「色々あってねぇ。とりあえず今は、この穴がなんだろうなって」
四神への注意を残しつつ、新たに空いた穴に目を送る。
木製の支えがあって、四神の頭はつかえてしまいそうに低い。幅は二人並ぶのがやっとというところ。古びた坑道という風に思えた。
「なんなんだここは」
「いやだから、いまそれを調べてるんだってば。覗きって言っただろう?」
「実は、てめえが裏切り者――」
下げ気味にしていた切っ先を、四神の喉元へ向けた。だがそれでも、なんの対処をもしようとしない。いつも通り、感情の知れない笑みが煩わしい。
「じゃねえって証拠は?」
「あいにくと、僕はそこまで段取りが良くない」
やれやれ参ったねというように、四神は横に首を振る。也也の押して押して押すという話術は、この手合いにはめっぽう弱い。
「国分はどうした」
「いやあ、彼女とはちょっとケンカしちゃってね。さすが強いね、剣だけでは勝てなかったよ」
「勝ったのか」
「いやだから、勝てなかったよ」
その言葉の真意は、どこにあるのか。必要なことしか言わない也也に対して、四神は多くの言葉の中に要点を隠す。
探しても、真意などそもそもなかったということもあろう。
「そうか――」
「おや、お役御免。疑いは晴れたのかな」
「泳がせてやるだけだ」
「なるほどね。それで十分だよ」
何らかの意図を、どこかに隠し持っている。嘯いているだけなのは分かるが、突き止める手段を持たなかった。
也也の前を過ぎて、四神はまた細い隧道の奥へ向かっていく。ゆっくりと、壁の具合などわざとらしく調べながら。
方向的には、塞護へと向かっている。
「じゃあ俺も調べてみるとするか」
マシナリに、例の見取り図を呼び出した。分かり難くて、自分で描き直したい衝動に駆られる。
それはどうにか舌打ち一つでごまかして、塞護の中心に伸びる進入路の一つへ、目星をつけた。
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