第67話:尊大ト無法ハ誰ノ責

 僕たちが乗り捨てたのと、同じ型の指揮車がやって来た。マーキングを見ると、衛士府の物らしい。乙式二台を連れた、略式の機械化大隊というところだ。

 後詰めが来るという心那さんの予想とは食い違うけど、いとも無造作に近寄ってきたところなどは、少なくとも叛徒側ではないと判断出来る。もちろんそういう演技、という可能性もゼロではないけど。


「待機しているのは貴様らだけか」

「え、えぇ――」


 真っ先に降りてきたのは、衛佐えのすけの階級章を付けた四十過ぎくらいの男。杜佐の上位、少将の直下。かなり偉い。ついでに態度も偉そうだ。その点だけで言うなら、誰かさんの五割減くらいと見積もってもいい。


「で? そっちが叛徒どもか」

「そうです。後詰めが来たら、引き渡すようにと。僕たちが監視を言われました」

「ああ、後詰め?」


 捕らえられた兵部の人たちを示すのに、顎を向ける。なにが気に入らなかったのか、後詰めという言葉に怒気を返す。なんだろう、荒増さん信仰でもどこかで流行っているんだろうか。


「俺たちは、お前ら中央がしっかりしてないから、仕方なく来てやったんだ。それを後詰めだ?」

「そうですか。それはすみません」


 この人は、よろしくない。ひと言を発する都度、舌打ちをする。その度に後ろに居る部下の人たちは、ビクッと肩を強張らせる。苛々をどこに向けるか見定めるように、ぎろぎろと視線を動かして、動けない兵部の人たちに唾を吐きかけた。

 その素行不良の中で最も良くないのは、僕の隣に立つ萌花さんに向けられる目だ。何度も何度も、頭からつま先。つま先から頭に、敵意を持って睨めつける。


「おい」

「はっ!」

「皆殺しだ」

「了解しました!」

「なっ! ダメですよそんぁぶっ!」


 衛佐の拳が、僕の頬に突き刺さった。僕はそのまま地面に倒れ込んで、奴はその腹を二、三回も蹴る。

 油断した。荒増さんは、基本的に相手のセリフを言わせてから殴る。正論で返すにしても、暴言で返すにしても、相手の言質を取っておくほうが有利だから。

 ついその癖で、避けるのが遅れてしまった。


「久遠さん、大丈夫が!?」

「うぅ……」

「喋るんじゃない。獣人の声なんぞ、聞きたくもねえ」


 そう言っている間にも、命令が実行された。指揮車に付いた小口径機銃は、拘束された上に高熱に冒されて、身動きの取れない彼らの命を刈り取っていく。


「ひでぇべ……」

「ああん? 口ごたえか。偉いんだなあ、纏占隊ってのは」

「偉えどが、偉ぐねどが、関係ねぇべ!」

「萌花さん、やめ――」

「なんも出来ね人たづ苛めで、そえで自分が強ぐなっだつもりが!」


 怒っている。

 両手を握りしめて、悲しそうに眉を寄せて。萌花さんは怒っている。話したこともない、あの人たちの為に。

 僕が止めようとしたのは、それが良くないことだからだ。自分がその立場になればもちろん嫌だし、現地処刑の規則にも反している。あの人たちに代わって、自分を同一視してまで怒るというのは、僕の中にない。


「人さまに意見するなら、人間になってから来い。ついでに、俺より上の階級とな。お前たちは所詮、大尉持成だ。勘違いするな!」

「ひっ!」


 奴の拳は、今度は萌花さんに向けられた。倒れたままの僕では、受け止めてあげられない。だから代わりに、足払いをかける。狙うのは衛佐、ではなく。華奢な萌花さんの脚。

 なるべく痛みのないように、両足を揃えさせて身体を倒す。蹴った勢いで自分の身体を回して、地面すれすれで受け止めた。


「あっちに!」

「は、はひぃ!」

「貴様ぁっ!」


 拳をかわされた衛佐も、さすが素人ではない。死角だったはずの僕の動きを察して、大振りの蹴りを放ってきた。

 これなら、かわすまでもない。勢いに逆らわず、体を反らしながら捕まえる。


「くっ、くそ! 離せ!」


 バランスを崩すように脚を押し込むと、奴は片足立ちで器用に三歩ほど後退った。そこからなんと、比較的に大柄な身体を捻って、挟み蹴りを打つ。

 想定外ではあったけど、全身を浮かせたのは失策だ。両脚を僕が抱きしめると、奴は腰と後頭部から落下するしかない。


「やめ――!」

「よいしょっと!」


 地面に着く瞬間、回転を加えて放り投げた。かなり痛いと思うけど、半身不随になるよりはましだろう。


「上官に……」

「はい?」

「貴様、上官に手を上げたな!」

「あいにく、暴力的でわがままな先達は見慣れてまして。その人の手の早さに比べたら――まだやりますか? こちらとしては、遠慮したいんですが」


 口ではそうと言いながら、僕の手は勝手に「来い」と手招きしていた。

 誓って、意識的にしたわけじゃない。どうしてそんなことをしたのか、自分でも分からない。


「馬鹿にしやがって!」


 衛佐は長十手を抜いた。あれは刃物じゃないけど、打突と極め技の両方に使える。奴の階級ともなれば、その操術も素人の域ではないはずだ。

 手が咄嗟に、持っていない刀を探ってしまう。その遅れが、回避に致命的な遅れを生じさせる。

 最短距離を、長十手の先端が突き通された。

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